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zoom RSS 南宋の宰相・秦檜の功罪如何?

<<   作成日時 : 2007/09/14 19:38   >>

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安倍氏無念の退陣をうけ自民党総裁選挙に政局の焦点があたっている。
そして福田某が現時点で多数の支持をうけ圧倒的有利のうちに総裁選を戦って(?)いるという。そこで以下のようなシナの故事を思わずにいられない。


宋の年号で靖康元年(1126年)金(満洲人がシナ北方に建国した)軍はついに宋の首都・開封を陥落させた。

このシナにとっての屈辱的な敗戦を「靖康の恥」という。

宋は文化国家といわれるように文化芸術が大いに栄え爛熟したシナ文化の絶頂期をむかえていた。とくに「靖康の役」のころの皇帝・徽宗は芸術アカデミーを主宰し多くの芸術家を集め自らも書道絵画にすぐれた作品を残すほどであった。その創出した書体は「痩金体」と呼ばれるまったく独自な風格をもつ。

そんないわば文弱な皇帝であったため北方異民族の侵略をゆるしたといってよい。

開封を陥落させた金軍は多くの財宝ととともに皇帝一族を拉致し満洲へと連れ去った。

皇帝にしたがった家来のなかに秦檜という男がいた。この男、金と和議を成功させ、建炎四年(1130年)当地で死亡した徽宗にかわり皇帝に即位した高宗とともに帰国をゆるされ南宋を樹立しその宰相となった。

その後、南宋にくすぶる金軍との徹底抗戦派との権力闘争にのぞみ主戦派の雄・岳飛将軍を殺し金に莫大な貢物を送る事で「平和」をえることに成功した。

さてシナの歴史では、この秦檜を売国奴、岳飛を愛国者と定義し、杭州にある「岳墳」(岳飛の墓)の前には縛られ膝まずかされ岳飛の墓にむかって頭を垂れた様子の秦檜夫婦の像が檻のような囲いに置かれ、おとずれる者たちの唾や鼻水の洗礼を浴びせられ続けている。


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秦檜ははたして売国奴であったかどうかは未だに論が定まるところがない。

秦檜の直面していた政治外交軍事状況がシナにとってはひとかたならぬものであったことは間違いない。

北方への注意をおこたり金の軍備拡張をゆるしついにはその属国となってしまった。その前に国としてやるべきことがあったにちがいないが、皇帝をはじめ国民も平和ボケをして文芸にうつつをぬかしていた。

秦檜は首都が敵国に軍事占領され皇帝も拉致されるという圧倒的な不利な状況で国の存続を図ったのである。それは他民族への従属、他国の属国化という屈辱的なものであったが、シナの歴史にはくりかえされたことゆえ民衆の抵抗も少なかったのであろう。

しかし秦檜の出番を待つまでもなくなすべきことを為すのが政治の役割であろう。秦檜よ、引っ込んでいろ、お前の出番はない!



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 国論を二分しているのは、改革を続けるのか、中断するかだ。格差の補正はあるにしても、それでも続行するか、やめてしまうのかの議論だ。ふたつめの論点は、憲法改正だ。教育改革にも連動するから国家観、歴史認識と呼んでもいい。小沢民主党は、党内は分裂気味だが、改革中断、護憲といっていい。自民党も、さらに激しく分裂していて、その左側の連中が寄せ集まって福田自民党をつくろうとしている。したがって、これもまた、改革中断、護憲だろう。看板は中間色でも実態はおなじだ。  民主党には辛光洙の逃亡を手引きした菅... ...続きを見る
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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
今の日本の状況に当てはまる箇所が多いですね。とほほほ。

しかし、シナの民は奴隷の身分に慣れていますが、日本人は慣れておらず決してそれを良しとしないと思います。
きっと日本人は推し進められる属国化の途中で目を覚まします!(といいなあ・・・)
ftkst
2007/09/14 21:14
お師匠、
聖徳太子以来の日本の文明力を信じるしかありません。
日本人は決してシナの奴隷にはなりますまい。
それには先ずシナへの幻想から目覚めるべきです。お師匠の努力に期待します。ともに頑張りましょうや、ね。
マルコおいちゃん
2007/09/14 21:22
TB有り難うございます。
南宋は日本と比較的親しいイメージがありますね。
その時代、秦檜のような連中が日本に来たかも知れず、福田氏はその末裔かも…
それにしても、死んでからも鞭打文化、いやだなあ。
練馬のんべ
2007/09/15 04:06
のんべさん、
いらっしゃいまし。
個人的には南宋文化は好きです。その(臨時首都)杭州へも六度ほどでかけました。とはいえ上海に居たときのことですが。マルコ・ポーロも元代になってからそこを訪れ世界(すなわち欧州)にもない繁栄ぶり、と驚いています。

その文化も毎年多量の貢物を宗主国・金へ献上してあがなったものだったのです。経済的繁栄と政治外交軍事的な他国への従属、なんと身につまされるはなしでしょう。

マルコおいちゃん
2007/09/15 05:18
はじめまして。今、新十八史略第6巻の「北宋滅ぶ」「岳飛と秦櫂」の所を読んでいたのですが、本当にまるで今の日本みたいで驚いています。金国からの侵攻の中、宋の朝廷の対応は信じられないようなものばかりで、宋の民衆によって組織され戦果も出した勤王軍も朝廷に幻滅して半ば自然に消滅していきます。この流れからいけば早晩日本は終わりですね。

「岳飛と秦櫂」の最後はその二つの銅像に、かつてイバリをかけることがならいであったことに触れて終わっています。像が今も存在する事をこのブログで知りました。文革の時も壊されなかったわけですか…。
とよとみひできち
2007/09/15 07:40
とよとみひできちさん、

いらっしゃいまし、ようこそ。

>この流れからいけば早晩日本は終わりですね。

やはりそう思われますか。金軍の軍拡を助けるような貢物をするようでは救いはありません。秦檜ごときものがでっぱる気配濃厚です。

「文革」時には岳墳もずいぶんと荒らされたようです。80年に初めて訪れた際は、やっと修理が終わったところだったらしく、訪れる者もまばらでした。それでも秦檜夫婦の像は唾を吐きかけられ惨めな有様でした。入場券はたしか人民元で三分だったと思います。バス料金と同じでした。
マルコおいちゃん
2007/09/15 17:45
マルコおいちゃんさん、こんにちは。TBどうもありがとうございました。ところで、私のほうからもTBさせて頂こうとしたのですが、できませんでした(私の使っているPCはドイツで購入したものゆえ、おそらくはスパムと認定されたのかもしれません)。

そのために「イザ!」版の方に拙記事をTBさせて頂きました。

御記事のテーマの一つである、政治と文芸の関係ですが、これは私見では全く相容れないものだと思います。芸術が栄える時代は、大抵は、政治的凋落の時であり、また、政治的凋落の時代に栄えるものは文芸だと思っています。

この考えを当時の宋に類推的に当てはめると、宋が文芸の爛熟期を迎えたのは、一つの無視できないシグナルだったのかもしれませんね。

文芸と政治との反比例の関係を考える上で、いろいろと考えさせられました。



寛斗
2007/09/15 21:19
その辺はバランス及び歴史的回転かなと思います。
心底、植民地になってしまえば、文芸も滅んでしまいます。
その状態が誇れる状態かというと・・・。
むしろ、「長期的安定」の一長一短の問題ではないかと、私は考えています。
土台をしっかりさせた状態での長期的安定ならばよいのですが、それが何代も続くと、「安定への努力をしなくても、なんとなく自然に安定しているような気がして」、そして「根っこの部分が痛んでいるのにそこには目を向けず、花の美しさばかりを追い回す」状態になってしまうのが、よくある衰弱のパターンではないでしょうか。
nihonhanihon
2007/09/16 00:06
寛斗さん、
「文学と政治」、または「芸術と政治」は、もう近代以来の(つまりその問題の立て方が近代的という意味ですが)解決不能かともみえる大テーマです。あえて立ち入らないことにします。

問題を政治に絞れば、「平和ボケ」の問題につきます。わたしがこのエントリーで提起しようと思ったものがそれでした。9・17の小泉訪朝で目覚めたはずの日本人の危機意識、国家意識はどこへ行ってしまったのでしょうか。朝日に簡単に丸め込まれる程度の危機意識だったのでしょうか?もしそうなら他国の奴隷になるのも仕方ないかもしれません。

日本が建前上「民主主義」を標榜するなら他国の奴隷になりたい民意が多数を占めるならそれも仕方がないということです。平和ボケの行き着く先を予感させる参院選の結果とその後の政局です。
マルコおいちゃん
2007/09/16 05:56
nihonhanihonさん、
日本が文明的衰弱に入ったとは思いたくありません。時至ればその文明力が発揮され危機を乗り越えると信じたいものです。
マルコおいちゃん
2007/09/16 06:00
>日本が文明的衰弱に入ったとは思いたくありません。時至ればその文明力が発揮され危機を乗り越えると信じたいものです。
もちろんですね。
なんといっても我々は日本人なんですから必ず乗り越えます。
太古から無数の危機がありましたがなんとかここまできているわけで。
nihonhanihon
2007/09/16 07:27
nihonhanihonさん、

そうとは思いつつ、つい失望してしまいたくもなるのです。現在(一部の国士を除く)日本の政治家のレベルの低さに。
政局だけをみて国益をかえりみないその視野のせまさ。つける薬はないようです。
マルコおいちゃん
2007/09/16 18:14
TB ありがとうございました。

日本は、今、まさに「属国」に落ちるかどうかの正念場です。
シナの歴史に学ばなければなりませんね。

が、しかし・・・。う〜ん、難しい〜・・・。
ことだま
2007/09/17 23:11
こと姫、
日本はどうせなるなら金国に成らねばなりませんね。
ならなくてもいいのですが。
でも南宋になってはつまらないと思うのが普通なのに、そう考えない者達がいることが剣呑です。
福田某が支離滅裂な売国策をとってまた国民の国家意識を高めてくれるでしょう。小泉のときは安倍氏が受け皿となって民意をすくってくれましたが、さて今度は誰がその役を受け持ってくれるやら・・・
マルコおいちゃん
2007/09/17 23:26

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