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シナは広大な国土をもつ、とはふつうの常識でいえば、たしかにそうである。しかしほんとうにそうなのであろうか?常識をうたがうのは、科学的思考の第一歩である。ここでなにも科学的思考などを開陳しようとはおもわない。しかし敵が「科学的発展」などと寝言をもちだすので、ちとからかってみただけである。 じっさい、シナが広い、とは暗黙の了解事項のようであって、しかしそこにあるごまかしが潜んでいるのだ。あの広大といわれるシナ亜大陸、を隅から隅まであるきまわってその広さを確認したものが何人いるであろうか? シナ成立当初では司馬遷がいる。かれは18歳のときに各地をめぐって物語を収集したようである。その見聞が『史記』の底ざさえとなって、その空間的な歴史観となっているのであろう。司馬遷がシナを現前させた、といってもいいかもしれない。 古代より流民匪賊というものがいて、とくに天下が乱れたときは各地をあらしまわる。それがシナの歴史のあちこちに記載されている。 陳勝呉広の乱は、最初のシナ帝国である秦をゆるがせたがせいぜい河南省いったいを荒らしたにすぎない。 陳勝[燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや] 歴史をいっきにくだって、明をほろぼした李自成は、陝西省にうまれ、盗賊となってからは甘粛、四川をあらし、河南へはいって洛陽をおとしついには北京を落城させた。しかしこれも西北から中原、北シナをめぐったにすぎない。 清末の太平天国の乱は、広東に発し南シナをあらしまわり南京に都をさだめたが、シナの中心地へは北上できなかった。 しかしこのような匪賊流賊こそが、徒党を組んで各地をのし歩き収奪し家を焼き払い殺人と食人をしながら行けるところまで流浪するなかで、彼らはシナという天下を認識するのである。 天下大乱のうちに天下の広さが認識され、かれら英雄好漢と自認するものたちは、その生存競争のなかでやがて自らが手にするであろう天下を夢想するのである。 しかしひとたび天下が平定され泰平の世となれば、かって盗賊集団の一員として各地を流浪しその広さを身にしみて知った者たちも、上は天下の平定者は首都の宮殿に皇帝としておさまるか、そのとりまきは功労を褒賞されて貴族となり皇帝の栄華のおこぼれにあずかるか、はたまた一介の兵士であったものは田舎に帰って農夫にもどるかするであろう。 彼ら自身がかっての記憶を有するなら、その体験にてらして天下の広さも知るであろうが、その子や孫となれば日常生活の範囲で行き来する場所だけをしるのみであって、シナが広いなどとは実感できるはずもない。 しかし交通機関や情報が発達した今ともなれば、あたかも自分が国のすみずみまで知っているような錯覚におちいるのであるが、それではたして世界の広さをしったことになるのであろうか? いわゆる「文革」の当初、子供たちがシナ各地を「大串連」とよばれる無銭旅行を実行することが奨励された。毛沢東が、子供たちにシナ世界をその身で実感させようとしたことがその理由のひとつとされている。そこには、毛沢東自身の革命時代の流浪生活をかえりみてのあるシナ世界観が示されている、天下とはどういうものであるかという。 「大串連」で上京した子供たち 以上を思い切って比喩により概括してみよう。 シナ古代中原文明の象徴・黄河はときに氾濫して農地や住居を呑みつくした。その肥沃な土砂が洪水のおもむくまま大地をおおい、それがまた農地となり民がそれを耕す。そうして農地はますますひろがる。がしかしまた黄河が氾濫して・・・ シナ亜大陸をかれらが行けるところまでゆく、その行きつく先がシナの辺境なのである。不幸にもその亜大陸は、南はインドシナ半島につながり、西南はチベット、西は東トルキスタン、北はモンゴル、東北は満洲と陸続きなのだ。 中原から発したシナ化の洪水が達した地域が以上のべた土地である。 シナ人の目はもちろんさらなる遠くを望んでいることであろう。そして隙間をみつければすみやかに浸透してゆくことであろうし、しているのだ。 その浸透が亜大陸の大地にとどまっていれば、われわれ日本人には関係がないものとすましてもいられるが、しかしどうやら、シナの鄭和の大航海をのぞいて歴史上あまり例のない海洋へとかれらの目がむいてしまったらしい。 シナは広いのではない。はかりようがない無限定の天下という概念をもって統治の範囲としたい、というシナ・イデオロギーがあるかぎり、それはかぎりなくどこまでも伸びてゆくものなのだ。そしてその権力がおよんだところまでを、シナとするのだ。だから広いのは当然なのである。まるで子供の陣取り遊びであるが、これも笑って済ますことのできない、シナという病の幼児性の表現であろうか? 誰も知らないシナの広さ、ということの不気味な恐ろしさを知らねばならない。それはかぎりのないシナの拡大、を意味するものとしてわたしは使用しているのだ。 現政権がその「国土」とする地域は、そのアミーバーのように繁殖する病の発展段階の切り口をわれわれに示しているにすぎない。 シナがシナであるかぎり、その繁殖に限りはない。なにしろ天下を埋め尽くすまで繁殖しようとして止まないのがシナの権力であるからだ。それはシナ文明のなりたちから、そこに住む人々の遺伝子にインプットされた変えようもないエートスなのかもしれない。 シナにおいてはその権力の潮が、シナ全土にしみわたり大海のように満たしたときが天下泰平、そして潮が引いて各地に水溜りを残すようになったときが、天下大乱・分裂である。この比喩は、大室幹雄氏の『干潟幻想』によるのであるが、その潮がこれまでのシナの範囲をこえて、大海へとあふれだす恐怖の時も近いようだ。 いつの日かシナが世界中をうめつくす、そんな悪夢のようなできごとがあってはならない。われわれの常識というものがいかにシナには通用しないものかは、いまや多くの人が目の当たりにしていることであろう。一日も早くこころあるシナ人諸君とともにシナという古代文明にとどめをさし滅亡させねばならない。それはいまや人類的なそして世界文明的な課題であるのだ。 人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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中国の世界覇権戦略 (中国の世界覇権戦略 その1)
中国の覇権戦略を考えてみたい。全5回シリーズでエントリーする。 ...続きを見る |
日比野庵 本館 2007/12/14 23:42 |
朝日『南京30万虐殺は日本の論議への怒り』
朝日新聞は、中国が強化しつつある「南京大虐殺」プロパガンダを正当化していました。 朝日新聞より転電です。 ...続きを見る |
ネトウヨのブログ 2007/12/17 00:23 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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中国を旅していた時、駅の窓口で切符を買おうと並んでも窓口までたどり着けなかったのを思い出します。四方八方から窓口に殺到しているので列が進まないのです。結局外のダフ屋から何倍もの値段で切符を買う羽目になりました。私は中国向きじゃないんだなとしみじみ思ったものです。 |
ddzggcd 2007/12/13 21:43 |
ddzggcdさん、 |
マルコおいちゃん 2007/12/14 06:15 |
あっち流では「世界=china」「この世=china」ということですねえ。 |
にほんはにほん 2007/12/17 14:06 |
にほんはにほんさん、 |
マルコおいちゃん 2007/12/17 16:46 |
宮崎市定氏の著書をネットで探して、とりあえず「日出づる国と日暮るる処」を注文してみました。まだ届いていません。 |
ddzggcd 2007/12/17 16:54 |
>中国に派遣するデモ |
ddzggcd 2007/12/17 16:56 |
ddzggcdさん、 |
マルコおいちゃん 2007/12/17 18:42 |
早速のご返事ありがとうございます。色々取り寄せて勉強しようと思います。 |
ddzggcd 2007/12/17 21:30 |
ddzggcdさん、 |
マルコおいちゃん 2007/12/18 01:57 |
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