丸幸亭老人のシナにつける薬

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS シナにモラルがない、とは誤解である

<<   作成日時 : 2007/12/19 07:09   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 17 / コメント 30

シナにだってモラルはある。だがわれわれの考えるモラルとはことなっているだけのなのだ。以下、それについて述べよう。

共同体とはコミュニテイ(Community)、あるいはコミューン(Commune)の訳語であるが、コミューンの場合は「公社」(Gong She)というシナ語があるので、コミュニテイを共同体の原義としておこう。しかし日本語で、コミュニテイとは「地域コミュニテイ」とか「ネット・コミュニテイ」とかまるで同好会とか仲良しクラブのように使用されるので紛らわしい。

ここでは独語ゲマインデ(Gemeinde)を使用しておこう。中高の教科書にも記述があると思うが、ゲゼルシャフト(Gesellschaft, 社会)と対立し相補う社会学用語である。

たとえば、家族、教会、スポーツ・クラブなどはゲマインデである。
会社や一般公共社会はゲゼルシャフトである。

ゲマインデは私的、ゲゼルシャフトは公的。

ゲマインデは暖かく、ゲゼルシャフトは冷たい。

ざっと簡略して分類すれば以上のようであろうか?

近代社会とは、ゲマインデが崩壊しゲゼルシャフトに置き換わって行く。それが欧州で発生した近代というものである。

画像

               ゲマインデとは近代人にとっても一種の逃げ場である


たとえばドイツで有名な話がある。16歳になった息子が家から独立したい、しかし独自の部屋を借りる収入がない。親に援助を申し出たが断られた。そこで裁判所に親を訴えでた。息子は独立する権利があり、親は息子の独立を援助する義務がある、というわけである。結果は息子の勝訴となった。晴れて独立した息子は、週末ごとに親元へかえり食事をする。

これが近代社会というものである。個人の権利という一般社会規範が、家のルールを超越している。そして家族間の訴訟という事態になったら前近代的社会においては、家族は崩壊する。しかし近代社会では平気なのだ。家族さえ個人と個人に分解されてしまう。

我が家でも、夕食に家族三人がそれぞれちがう食物を摂取する、ということが間々ある。これはドイツでは普通である。家族が好きなときに別々の時間に食事することさえある。一家そろって楽しい夕食、さえないのである。

前近代社会であれば、家族内の問題は家のルールによって処理されるべきである。それはゲマインデ内の規範である。しかし、いわゆる公衆道徳といわれるゲマインデ外の規範もある。



日本社会を考えてみよう。あるサラリーマンの奥さんが買い物に行ったら、だんなの上司の奥さんにあった。丁寧に挨拶をしレジの順番を先にゆずった。これなどもゲマインデの規範である。してみると日本の会社はゲマインデのようである。しかし知らない奥さんにはぜったい順番などゆずりはしない。しかし知らない同士でも体を触れ合ったときは、「失礼」とか「すいません」というくらいのマナーはある。二重規範である。

これも日本が欧州の基準による(ことの良し悪しの判断は別として)近代化が完全には成立していない証明かもしれない。

シナではこのゲマインデとそれ以外の二重規範は存在しない、といってよいだろう。なぜならゲマインデ内の規範しかなく、ゲマインデ外はルールなしの無法地帯と化す、といってもよいからだ。

これは前近代というよりは、やはり古代的社会というべきだろうか。私的社会とそれ以外、という区別しかなく公衆社会が存在していないのだ。



さてシナのゲマインデといえば、家、宗族(Clan)である。つまるところ同姓で先祖を同じくするものたちの集団が決定的に重要で、そしてそれだけが人間関係をきづくべースなのだ。その集団以外はもう人間社会ではない。だから宗族以外の人間が毒入り食品で死のうが自分には関係ないとして平気でいられるのである。

よくこれを社会道徳の問題として勘違いするむきが多いが、まったくの誤解である。

モラルとは、シナにおいては宗族あるいは擬似宗族の内だけで機能するものであって、それ以外にモラル機能が及ぶことはないのである。

すなわち宗族以外の、つまりモラルがおよぶ範囲以外の場所で宗族以外の人間となにごとかのかかわりが生じた際にも、そこにはモラルの要求がない。

だから他人を騙したり、利用するだけ利用したり、損害をあたえたりしてもなんら罪悪感を持つこともないし、持つ必要がないのである。なにしろそこにはモラルの要求がないのであるから。

画像




しかし宗族内においては厳格なモラルが要求される。子の父に対しての、分家の本家に対しての、宗族の長に対してのなどなどいちいち細かく規定されたモラルがあり、それに違反したもにはそれに応じた罰が与えられる。家族のメンバーにたいしてもその関係によって細分化されたよび方がある。

父方か母方かにより祖父母、おじおば、いとこなどの呼び方が違っている。また年齢にかかわらず世代によって呼び方がきまる。祖父が若い何番目かの夫人に息子を生ませた。父にとっては弟にあたる。わたしはその新しい父の弟より年上であるが、その子を叔父としてうやまわねばならない。

このような厳しい規範でしばられた宗族こそが社会単位であって、またそれしかないのである。表向きは、宗族より上位の行政府が地方から中央までピラミッドのように作られているものの、宗族とくに家族が決定的な役割をシナ人社会にはたしていることは間違いのないところである


画像

        宗族の廟会での観劇



これを支えるイデオロギーと宗教が儒教である。近代革命以来、儒教イデオロギーが目の敵とされてきたことに理由がないわけではないのだ。しかし今に至るも儒教が死滅したわけではない。イデオロギーとしては抑圧されて社会底部に潜むことになったが、宗教としてはどんなに抑圧されようとも生き延びている。それはシナ社会の宗族あるかぎり絶対に必要なものであるからだ。

しかしそれは、いわゆる宗教とはややことなっているだけなのだ。このこと別稿で述べるとしよう。




人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。
画像

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(17件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
規制の対象(コンテンツと規制について その1)
情報の価値判断と規制について考えてみたい。全9回シリーズでエントリーする。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/24 16:57
中国の世界覇権戦略 (中国の世界覇権戦略 その1)
中国の覇権戦略を考えてみたい。全5回シリーズでエントリーする。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/24 16:59
インターネットの交通ルール(コンテンツと規制について その2)
今の日本のネット事情は高速通信が当たり前。ブロードバンドって、よく高速道路にたとえられていたけれど、そのとおり。情報の高速道路。そのお陰で重かった画像データとかも手軽に送受信できるようになって、便利になった。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/25 12:23
東シナ海ガス田の重要性 (中国の世界覇権戦略 その2)
昨今問題になっている、東シナ海のガス田。一説では尖閣諸島周辺海域の油田はイラク油田に匹敵するとも言われている。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/25 12:25
コンテンツと媒体(コンテンツと規制について その3)
「情報の車」は、個々人のPC端末で読まれたり、書いたりされてその意味を持つ。だからコンテンツの持つ価値は、個人によって異なるもの。同じコンテンツであっても、興味のある人にとっては重要な情報だけれど、さして興味のない人にとっては、それほどの価値は持たない。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/25 16:08
民主国家の弱点 (中国の世界覇権戦略 その3)
先日、オーストラリアで総選挙が行われ、政権交代が決まった。親中派のケビン・ラッド党首が次期首相に就任することになった。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/25 16:10
中立とは何か(コンテンツと規制について その4)
政治的立場もそうだけれど、情報に中立性を求めるのはそもそもにして難しい。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/26 08:17
心を攻める覇権維持 (中国の世界覇権戦略 その4)
現代戦争は兵器技術が占める要素が大きく、莫大な開発費が必要になる。軍は戦争によって敗れなかったとしても、軍を支える経済が持たなくなって崩れてゆく。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/26 08:19
自由と公平(コンテンツと規制について その5)
新聞や本、ネットでもそうだけれど、読む人が情報を得ようとするとき、まず見るのは見出しや題名。現代人は忙しいから、全部の雑誌の全部の記事を丹念に読むことなんて殆どできないし、しない。だから各社は読者の気を引こうとして、刺激的な見出しをつけて、少しでも読んでもらおうとする。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/26 23:05
日本の対策 (中国の世界覇権戦略 最終回)
中国が世界覇権を取ったとき、日本が隷属しておこぼれをもらうようになるのが嫌なのであれば、シーレーンを中国に抑えられても対応できるようにならなくちゃいけない。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/26 23:07
情報価値のつけ方(コンテンツと規制について その6)
検索エンジンの中で、急成長を遂げているもののひとつにグーグルというのがある。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/27 22:06
中国の軍事拡張の問題 (中国の世界覇権戦略 補追1)
純軍事・外交的戦略だけでみて、中国の拡張政策について考えてみたけれど、国内に抱える様々な問題を差し置いて、現実にそんなことができるのかという点について考えてみる。本エントリーを、今回の中国の世界覇権戦略シリーズエントリーの補追としたい。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/27 22:07
2ちゃんねる(コンテンツと規制について その7)
ネットにはグーグルと同じく、自らのコンテンツを持たない存在もある。その中で代表的なものは、1000万人が利用しているとも言われる2ちゃんねる。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/28 19:33
ロングテール(コンテンツと規制について その8)
オンラインショッピングの世界でよく取り上げられるビジネスモデルとして、ロングテール・ビジネスモデルというのがある。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/29 16:30
万人の秀才とひとりの天才(コンテンツと規制について 最終回)
コンテンツ自体は何がしかに偏ったものしかありえないと言ったけれど、政治的内容とか、公序良俗だとか、その他優れた考えなんかが同じ人から発信されている場合も当然ある。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/30 17:20
来年もよろしくお願いいたします。
2007年もあとわずか。街にでると、イルミネーションはつい先ごろまで、クリスマスバージョンだったのに、其処此処で、琴や笛の音楽がきこえてくると途端にお正月になるのが不思議です。 ...続きを見る
日比野庵 本館
2007/12/31 22:53
毒餃子と日経の海賊版コラム
別の話題のエントリを書こうと思ってところ、たった今、中国産毒餃子の事件を知りました。被害者の一人は一時意識不明の重態だったと報道されています。今度はJTフーズが輸入し、販売がCOOPだったとか。 以前、古森さんブログに私が「中国製品はノーモラル、アンフェアー、イリーガル」と書いたら、古森さんから「最近はこれに“リーサル”が加わった」との返事をいただいた事がありました。正に古森さんの予言が現実のものとなりました。いい加減、日本の消費者はモラル無き中国ビジネスに対して「No!」と言わないと、命の保証... ...続きを見る
櫻党EX
2008/01/31 00:28

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(30件)

内 容 ニックネーム/日時
マルコおいちゃんさん、こんにちは。
今回のエントリ、シナを見る視点として大いに勉強になりました。
私は以前より、時々シナのことを「巨大軍閥」(であって国家ではない)と表現してきましたが、その感覚となかり合致するように感じられました。
ゲゼルシャフトが宗族内でしか存在しない、その外は無法地帯で軍閥による暴力的抑制による「気まぐれな秩序」があるのみ・・・ということになりましょうか。

ナルト
2007/12/19 12:00
こんにちは〜。 

なるほど〜。。。 なにかマフィアちっくですね。 「一族郎党」ってまさにこれを指す表現かと思い浮かびました。

ところで最近シナの方々からの書き込みを目にするようになりましたね。 イザのおいちゃんさんとか福島さんのとことか(前からあったかもしれませんが) いわゆるひとつの工作の一環でしょうか(笑)

ちうごくから直接投稿するとしたら気をつけないと暗殺されかねないし? 中共礼賛文しか書けないのかな。。。
umejum
2007/12/19 13:21
うえのコメントをみてイザみてきましたが、なんか沸いて出てますね。おつかれさまです。

nhatnhan625
2007/12/19 14:59
ナルトさん、
こんにちは。近代化どころか、いまシナに必要なのは実は中世化ではないでしょうか?中世の封建諸侯分立、そしてそれなりの経済文化の発展。それなくしてとても近代化はできるはずもありません。それゆえ分裂せよ、とのレトリックを用いてみたわけです。

それができないのなら、開発独裁しかありませんが、見渡したところそれができるような人材がいませんね。
マルコおいちゃん
2007/12/19 16:19
umejumさん、
ご指摘の通り、マフィアも同一原理が働いています。
彼らは自分たちの組織を、Casa Nostra(我が家)とか、Clanとかいいますからね。前近代社会の特徴です。

あれっ、umejumさんはシナご滞在中でしたか。どうかお気をつけて、いろいろと大変でしょうから、ね。
マルコおいちゃん
2007/12/19 16:23
武閑老師、
ひょっとして、老師のところの学生では・・・?
でもけっこう考えている人だとは思います。
マルコおいちゃん
2007/12/19 16:25
こうやってみるとやはり日本は「バランス型」でしょうかね。
そうなると少し前の日本は世界的に最も理想の状態・・・やっぱり世界中からねたまれ逆恨みを受けることは誇りに思うべきなのでしょうね。
にほんはにほん
2007/12/19 17:00
おいちゃんさま,私めは日本におりますよー。 考えてみれば,まんだりんを操れる日本人と見れば格好のターゲットになりますもんね。 マジで気をつけてくださいね(汗)
umejum
2007/12/19 17:32
にほんはにほんさん、
まさにご指摘の通りです。
しかし、ゆえにシナからの留学生などの流入がたえません。乗っ取られないうちに手を打たねば剣呑な事態となるでしょう。
マルコおいちゃん
2007/12/19 17:47
umejumさん、
ご心配ありがとうございます。でも、気をつけねばならないのは日本国住民です、よ。
マルコおいちゃん
2007/12/19 17:49
 日中友好団体と言ってもこの団体の本職は別にあるんです。私はあくまで本職に重点をおいてほしいだけなんです。

 私が感じるのは“人際関係”の強さですね。だから自動販売機で物を買うようシステムが成立するような高度な文明社会を中国が築くことは永久に不可能だと思います。権力、財力、権威を利用して他者に便宜をはかることが出来ること。これが尊敬される人間像といなっている中国社会では、ゲゼルシャフトの発展できる空間が存在しません。
 宗族内でのモラルについては、まだよく理解できていませんが、長年の集団的経験を経て形成されてきた社会的ルールを守ることが社会の動きを効率的にし、最終的に自分の利益を守ることにつながるという“感覚”が中国社会には見られませんね。
 やはり、連中は闇雲に“殺到”していくだけです。
ddzggcd
2007/12/19 22:45
ddzggcdさん、
本職は他にある、と。じゃあ内部瓦解を促す、というわけにはいきません、ね。

いわゆる「拉关系」という人間関係、「走后门」というコネ、これらも擬似宗族集団をづくろうというエートスの働き、と考えています。
それゆえ近代社会、ましてや近代資本主義形成は、シナには無理だったのです。悲惨結果を自国だけではなく周辺地域さらには世界中に撒き散らして滅亡してゆくのが、シナに早晩おとずれる運命でしょう、か?
マルコおいちゃん
2007/12/19 23:21
>悲惨結果を自国だけではなく周辺地域さらには世界中に撒き散らして

 そう思います。
 河北省の方である原材料加工施設を建設する提案をして、計画通り建設することになったことがあります。ところが、あっという間に同様の施設が周囲にいくつも建設され過剰競争が始まりました。そして原材料生産者の囲い込み合戦や製品市場の飽和状態による経営悪化です。おそらく製品の品質も悪化しているでしょう。もう無茶苦茶です。
 こういう連中が世界中にあふれ出てくるというのは、悪夢であり、迷惑ですね。
ddzggcd
2007/12/20 06:47
ddzggcdさん、
ふうむ、苦労されています、ねえ。
まさに無法無天のサバイバル合戦、ずっとやってろ、国内で、というきもちになります、ね。
マルコおいちゃん
2007/12/20 16:38
老師のイザのブログが今日はひらきにくいのでこちらに失礼します。福島記者の記事について。たぶんもうごらんになったかとおもいますが、【外信コラム】北京春秋 犠牲者に名を与えよはなかなかいいですね。これで国外退去きまり?!
nhatnhan625
2007/12/21 16:53
武閑老師、
ううむ、いわゆる「南京事件」犠牲者が30万人いるなら名前をあたえよ、というシナ人学者の言説を紹介していますね。これで「大卒就職難」にかんする提灯記事と相殺してもいいかな、と思います。
さてヴィザの更新なるかどうか。国外退去になって柴田穂の栄誉を引き継いでほしいものです。
マルコおいちゃん
2007/12/21 16:58
こんばんは。今回のエントリーの記事、慧眼ですね。なるほどそのとおりと思います。いぜんのエントリーの言語と国の関係と合わせて非常に参考になりました。このテーマで私もおいおい考えていきたいとおもいます。
日比野
2007/12/24 16:39
日比野さん、
ありがとうございます。まだつっこみが足りない部分がありますので、言語、宗教、歴史などすべての面から「シナという病」の病根と対処法をさがして行きたいと考えています。日比野さんのお考えも参考にさせていただきたいと思います。
マルコおいちゃん
2007/12/29 04:06
 こんにちは。

 ゲゼルシャフト的なるモラルもあるでしょう。通常人間は、重層的な様々な利益共同体の中に有り、必然的に相克する共同体の利益の調停作業=モラルの形成が求められます。モラルや信頼なき利益共同体は早々に崩壊する。共同体を社会と言い換えても良い。問題は個々人が如何に多くの重層的かつ広がりのある空間=社会を個々人の共有物―従って本来はその力のベクトルも双方向―として捉えられるか或いは場合によっては自己投影可能であるかという資質や経験で、中国には之が欠落しています。

 未だに家族が即ち世界の中国は、ゲゼルシャフト的なる社会でさえも未熟。その華やかで活気溢れる表象とは裏腹に、精神世界は未だ未開=非社会的で幼稚なエゴのみの蛮性の中に在る。

 乾いた論理性や合理性そして所謂中華思想的思考法でさえも説明し難い、およそ理解力の欠落をさえ感じています。
goda
2008/02/26 17:35
godaさん、
放置モード・ブログの過去記事をご覧いただきありがとうございます。

もちろんご指摘の通り、ゲゼルシャフト的なるモラルがまったくないわけではありません。しかし近代が成立していないシナ社会におけるそれは、我々のそれと比較して、ないに等しいものであると感じます。とくにパブリックという概念が欠如している実情がそれを強く感じさせます。

これはやはりシナ社会が古代を今にひきづる悲喜劇でしょうか?それは西洋近代から見れば「未開」ですが、古代シナ社会的規範で見れば「フツー」の文明、ということでしょう。
マルコおいちゃん
2008/02/26 18:44
そうですね。
近代化過程から共産主義へと直行したのでした。従って社会システム(政治・産業)上も文化(精神世界)上でもゲゼルシャフトは育って居ない。
林語堂が『中国の思想(?)』の中で、中国に於ける社会という概念の不在を論じていました。中国権力は「社会」の芽を潰して来ました。今も同じです。

存在しない概念は理解しようが無い。これに尽きるかな。

「家族が宇宙の全て」でその外部は全て敵。やはり蛮性じゃないでしょうか。

>放置モード・・・
気が付きませんでした。済みません。
goda
2008/02/27 00:07
godaさん、
シナ近代化の失敗は、中華民国成立時の踏み出し方の誤りに帰結すると思います。あの時が「シナという病」の治療の大きなチャンスだったと思います。

現在、シナの政治に関する興味が失せ、宗教への興味が高まっています。それゆえ当ブログのエントリーが滞っています。放置モード、とはその程度の意味で、停止または中止ではありません。過去記事にコメントをいただければ喜んで飛んで参ります。

またイザ版へもよろしければおいでください。
http://marco-germany.iza.ne.jp/blog
マルコおいちゃん
2008/02/27 16:25
レスに気が付きませんでした。

切りが無いのですが、合理・論理・エゴにおいて中国人も、フランス人には到底敵いません。しかしフランス人は「社会」という概念をその重要さを知り己のエゴによるその崩壊を防ぐためにも厳格な法体系を作り上げ、己を律しています。又、フランス人は、中国の様な「国家を挙げての幼稚で恥知らずな振る舞い」は決して致しません。なんと成れば彼等は本物の矜持を持つからです。中国の「面子」とやらは糞です。はい。

又、中国人にも普遍的なゲマインデは当然に有ります。愛ちゃんは既に身内でしょ(^^)何故愛ちゃんは例外なのか。これも中国権力が例外的に演出しかつ「許している」が故に「安心してそれを表現できる」のでしょう。

宗教ですか・・・私は今イスラム教に手を付けたいのですが、中々・・・

大言壮語お許し下さい。勉強させて戴きます。
goda
2008/03/07 22:38
godaさん、
ご指摘のように、フランス人も絶対自己中心主義ですが、論理が筋がとおっているところがシナ人とはちがいますね。
シナ人のああいえばこういう式の言い逃れは、時として、あるいはいつも非論理の場合が多いようです。

シナのゲマインデは擬似家族ということで納得すべきでしょうか?
マルコおいちゃん
2008/03/07 22:48
ゲマインデは動物としての人間に天与の物だと思います。ですから格別に擬似とは思えないのです。

絶対権力とその権力を「下部にのみ向かい」行使する巨大な官僚そしてこれに隷属する事で辛うじて安寧を許される「百姓」と呼ばれる奴隷社会=儒教社会。西欧的概念の「社会」(この概念も日本を通じての伝来でしょう)は、ゲマインデで有れゲゼルシャフトで有れ、支配構造を脅かしかねないが故に苛斂誅求をもって潰しています(法輪講)。これが何千年も「今も」続いています。
弾圧されたゲマインデは闇社会へ向かうしか有りません。単にその発達・成熟そして変化或いは衰微が「中国的」なのだと言ってしまえば答えには成らないかも知れませんね。

現代社会ではゲマインデ(特に儒教の「家」概念)の弊害・非合理も有りその役割は薄く成らざるを得ない事は無論です。

毛沢東が「人食い思想」と徹底的に弾圧した儒教を又ぞろ引っ張り出し支配の道具として使い始めました。何時か来た道です。

個の繋がりしか信頼できる物が無い社会(ddzggcdさん)。「分裂させて」仕切り直すしか無い。
goda
2008/03/08 10:19
 民衆は本来何の面子もないのであり、問題は官僚階級がいつ自分の面子を捨てることができるかである。
 警察の面子が失われた時、中国の交通はようやく安全になるのであり、法廷の面子が失われたとき、初めて中国人は公平な裁判を受けることができるのである。内閣の面子が失われ、面子の政府が法治政府に取って代わられた時、中国は真の共和国となるだろう。(林語堂『中国の文化と思想』)

法とは社会的モラルの具現化です。

多岐に渉る分野を論じた書物の中では秀逸した一冊だと思います。
私の千万の駄弁もこの一冊に及ばず。
goda
2008/03/08 13:15
godaさん、
擬似家族という意味は、シナにおいては家族・氏族しかゲマインデは存在しないので、ゲマインデを形成するときは擬似的家族形態をとる、ということなのですが。

黒社会のゲマインデにおいて親分子分とか兄貴弟分というのがまさに擬似家族を著しています。

林語堂はわたしのもっとも敬愛する作家の一人です。しかし難点はあまりにモダーンにとらわれすぎていることでしょうか。しかし時代性を考えればそれも仕方ないのかもしれません。またシナの近代化の現状から遊離した夢想的近代を個人的に生きてしまった悲哀も感じます。
マルコおいちゃん
2008/03/10 16:18
レスを戴いていたようですね。失礼しました。
切り上げようとしつつも思い直し小論を試みたのですが書込みに失敗しその儘にして居りました。

擬似家族の意、了解しました。
党の派閥に至るまで家概念の排他的ゲマインデで構成され、しかも、あらゆる事象が共産党の管理下に置かれる中国にては、企業体のような典型的なゲゼルシャフトでさえも圧倒的なゲマインデの中に飲み込まれてしまい、多様で重層的な共同体が産み出す規範は期待出来ないという事か。

林語堂。確かに遊離したものは感じます。なんと言うか・・内部者として留まる事が許されなかった時代状況も有りますが。
goda
2008/08/24 14:53
管理人様、はじめまして。
儒教というのは、その教えることがそれぞれの家族、他宗族間では解釈が異なることもあるということでしょうか?

うまくまとめられませんが、儒教に対して私が持っていた釈然としないものが、こちらを訪問して非常に納得ができました。
Bambi
2009/03/20 22:25
Bambiさん、
はじめまして。三島先生のところからいらっしゃいましたか?それぞれの家や宗族で家則、家例など独特のものはあるでしょうが基本的なモラル構造は共通しています、子は親を敬い考を尽くす、などです。ここでは儒教的モラルが宗族を離れると機能しない、ということをおさえていただければいいと思います。
丸山光三(マルコおいちゃん)
2009/03/21 03:59

コメントする help

ニックネーム
本 文