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zoom RSS 【中共異端思想の系譜】その3、林彪批判それぞれの思惑

<<   作成日時 : 2009/08/19 15:35   >>

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「批林批孔」運動の字面に騙されたのかあるいは中共当局の意を受けたのか知らぬが当時の日本のシナ学者や専門家は、まじめに孔子批判の重要性などをうんぬんしていたのが今も変わらぬわれわれの悲喜劇である。


ごく少数の学者や専門家、中嶋嶺雄氏や竹内実氏などが「批林批孔」運動とはまさに周恩来批判であることを見抜いていただけだった。


中共指導部内各当事者の「批林批孔」の思惑を王希哲はその自伝の中で以下のように分析している。簡略して引用する。


「毛沢東の関心ごとは文革を翻案(決定をひるがえすこと)しないこと。極左批判とはすなわち文革の見直しであるから許さない。周恩来は「右傾巻きかえし」の大元締めだから周を批判してもよい。しかし打倒してはならない。周は中共の「紅臉」(注、京劇には紅臉・白臉とあって、紅臉は関羽に代表されるように正直で肯定的人物、白臉は曹操のように心に隠し事をもつ陰謀家や敵役のこと)である。圧迫された下層人民や打倒された幹部たちが最後の拠り所とたのむところである。もしこの赤いマスクをとりさったら大乱をまねく。」


「江青の関心ごとは周恩来打倒である。批孔とはすなわち批「周公」(注、孔子の崇拝する周武王の弟・姫旦のこと。もちろん周恩来を指してこういうのである)」


「周恩来の批林はまさに林彪を批判すること。長期にわたる極左路線の束縛から多くの幹部たちを解放すること。彼の願望は人民の願望に近く、最終的に人民の支持を得た。しかし彼はせっかくおさまった状況が「批林批孔」運動によりまた混乱することを望まなかった。」



さらに1973年の中共十全大会で副主席におどりあがった王洪文は江青の手下であったが、それとは別の思惑があった。「周恩来を打倒するより自己の孤立した政治的地位を守るために、自分が上海で成功したように「造反派」労働者を抜擢して上海同様な「造反派の天下」を多く出現させること。そのためには林彪のおこなった軍事管制を打破しなければならない。その目的のために批林運動を利用する。」


このような指導者たちそれぞれの思惑がぶつかり合いせめぎあっていたのだった。


さてこのころ広東省の指導者になり、後にケ小平により総理さらには総書記に抜擢される趙紫陽はとくに批林を実行したかった。さもなくば広東の政権と軍に根を張る林彪の腹心・黄永勝の残した影響を除去できないからだ。ゆえに広東における批林批孔」運動は「批林批黄」となった。それが広東における特殊政治状況であった。


結果的には趙紫陽の思惑は王洪文のそれと近接していた。残存する黄永勝一派の軍事管制を打破することに「運動」を利用しようとしていたからだ。


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林彪集団、左から李作鹏、呉法憲、林彪、黄永勝、邱会作




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