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zoom RSS 【中共異端思想の系譜】その11、異端派粛清

<<   作成日時 : 2009/08/30 04:54   >>

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さてケ小平が党内権力を掌握しいわゆる「改革開放」へ国策変更したのは1978年の十一期三中全会であった。その「凡是派」(すなわち毛派あるいは毛路線維持派)との権力闘争に利用されたのが「北京の春」の「西単民主の壁」であった。その代表的表徴が魏京生の「第五の現代化」(つまり民主化)であった。


しかし三中全会後、ケ小平は「四つの基本原則」(1. 社会主義の道、2. プロレタリア独裁、3. 中国共産党の指導、4. マルクス・レーニン主義、毛沢東思想)を提唱し利用価値の消滅した「民主化」運動を圧殺する。


<李一哲の大字報>グループの名誉回復はすでに述べたように党内改革派であった習仲勳により実行された。その際、李正天も郭鴻志も志は遂げたのだからと李一哲グループ解散の提議をする。



このことも<李一哲の大字報>はケ小平の「改革派」が計画実行したことの状況証拠ともなろう。


しかし王希哲は<李一哲の大字報>の理念はまだ実現していないとしてそれには応じなかった。そして王希哲はその思想的ロジックからも「民主化運動」に参画した。


けっきょく王希哲は、そのマルクス主義からする民主化要求にもかかわらず資本主義的民主を要求する魏京生とほぼ同時にともに逮捕投獄される。


つまりケ小平の「四つの基本原則」とは3の「中共の指導」こそが核心であって他はお飾りということである。つまり脱イデオロギーである。これこそ二重の意味での異端派そして文字通りの「資本主義の道を歩む実権派」・ケ小平の面目躍如ということであろう。


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三中全会主席台の指導者たち。左から陳雲、ケ小平、華国峰、葉剣英、李先念、汪東興。「凡是派」華国峰と汪東興は自らの政治的葬儀に参加し拍手で祝ったことになった。


その異端派・ケ小平にたいして、毛式の文革を否定し「人民の文革」を提議したのが、すでにふれた王希哲の『毛沢東と文化大革命』であった。しかもそれは香港の雑誌に発表され出版されたことがケ小平の逆鱗に触れたのであろう。



こうしてかっては<李一哲の大字報>により毛派の専制支配打倒と周恩来擁護を主張したかっての「異端派」王希哲は、毛沢東の「革命理論」の根本「造反有理」を純粋培養抽出した「人民の文革」理論により「反動」すなわち異端として、異端派・ケ小平により批判圧殺されることになった。


まことに皮肉な成り行きであるが、しかしちょうど欧州における異端審問が教義の是非の問題ではなく反対派の圧殺とでたらめな政治権力遊戯であったことと同様であった。



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