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zoom RSS 【中共異端思想の系譜】その6、異端ではない

<<   作成日時 : 2009/08/21 19:18   >>

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「李一哲の大字報」は、まず毛沢東への手紙として書かれたことはすでに述べた。その本文には短い手紙が添えられていた。それは王希哲が執筆したものでありその内容は紅衛兵としての「文革」への理念と「毛主席」への期待が述べられていた。


自伝に収録されたその手紙をはじめて読んだが、そこに示されているこの時点での彼の思想的立場は、後の『毛沢東と文化大革命』のように明確に毛沢東批判にはいたっておらず、まだ「社会主義ファシズム」は「林彪システム」であり毛沢東ならそれをきっと打破してくれるという幻想があったようだ。


大字報とは「文革」時代に大流行した「人民」が自己の政治的所見を紙に書きだして壁などに貼り付けるもので、日本では「壁新聞」などと訳されていた。それは「文革」の「民主」を象徴するもので、実際ある程度は人民の「民主」的発言の場ではあったのだが、毛沢東が紅衛兵「運動」の行き過ぎを危ぶみ弾圧を決定した1968年に一度は禁止されたものの、「批林批孔運動」によって再度称揚されていたのだ。


しかし一度はだまされた「子供たち」は前回の失敗に懲りて今回は積極的に大字報を張り出すものは少なかった、と王希哲は自伝で述べている。つまり街にあふれていた大字報は官製のものであった、ということだ。


そこに現れたのが「李一哲の大字報」であった。

それは全部で67枚、二万六千字のその名のとおりの「大」字報だった。本文はすべて王希哲の筆による。また郭鴻志によって書かれた本文並みに長大な「序文」が付されていた。


その「大字報」には「毛主席と第四次人民代表大会に捧げる」と副題がついており、国の政策決定最高機関として表面上は定義されている「全人代」への政治要求となっている。


ここでその内容を長大で詳述するにははばかりがあるので簡略する。詳しい内容は日本でも日中出版から山田侑平・小林幹夫訳により1977年9月に出版されている(ISBN4−8175−1033−1)。わたしも購入したはずだが來独の際に紛失したようでどうしても見つからない。興味のある方は図書館などで検索してみてほしい。


論旨は社会主義、マルクス主義を肯定し、資本主義の復活を防ぐという文化大革命の意義を認める。そして自分らの考えは決して社会主義、マルクス主義の異端ではなく、マルクス主義を思想的武器に「林彪システム」(原文は「林彪体系」)の悪影響と災害を処理したいとねがうものだ、と自己規定している。「林彪批判」に名を借りてその実、江青らを批判し周恩来を擁護していた。


しかしこの時期になぜこのような大字報が張り出されたのか、ことの経緯は簡単ではなかったのだ。


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李一哲批判闘争大会での李正天(舞台中央帽子の人物)。彼は同姓のためか、また本人がそう主張したためか当初は李一哲を代表する者とみなされていた。



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