誤解されつづける周恩来5、落第続きの学生から革命家に

周恩来は、天津の名門大学・南海大学を主席で卒業したといわれているが、それは捏造であろう。たしかに校長の特別の配慮で(つまり裏口)入学を許されたものの学業に励んだという記録はない。

周は「革命」に励んでいたのである。

周恩来の学校生活は失敗の連続だった。簡単にふりかえってみよう。

1911年辛亥革命の年、満洲の小学校を卒業すると、周は北京に作られたばかりの清華学堂(精華大学の前身)を受験して失敗した。清華学堂は、清朝政府により建てられた米国留学のための予備学校である。清華学校を卒業するとMITへの進学の道が拓けるので人気があった。

つまり周は外国留学を目指していたのだ。

資金は、清朝政府から米国に支払われ返還された義和団事件の賠償金があてられた。(ちなみに日本も同様の賠償金の支払いをうけ、それを資金に東京に東洋文化研究所(現在の外務省研修所の建物、研究所はいまは東大内に移転)、京都に東方文化研究所、現在は人文科学研究所というシナ学、東洋学のアカデミーをつくった。)

しかし受験に失敗した周はとりあえず天津の開校まもなくいまほどの有名校ではなかった南海中学へ入学した。1913年になっていた。南海中学は私立校ゆえ学費がたかく家族は反対したものの、校長の張氏が周の作文の才をみこんで事務職をあたえ働きながら学ぶ道を提供してくれた。

周は南海中学を1917年に卒業すると、中学の旧友で日本へ留学していた韓某をたよって日本へわたった。

当時、日本政府はシナ人学生のために五つの学校に特別予科を設置しこれらの予科に合格したものにはシナ各地の地方政府が官費を支出し学費に当てることになっていた。そのうちのひとつ東京高等師範(のちの東京学芸大学)を受験した周は、不合格となった。

1917年はロシアに革命があった年でシナ人学生もおおいに興奮し、また1915年にはいわゆる「二十一か条の要求」があり日本とシナとの関係は悪化しており、シナ人学生が「敵国」をさって帰国していた。のこった学生の多くは政治活動に熱中していた。およそ勉学に励む環境ではなかったらしい。

1919年にいわゆる「五四運動」が北京に勃発する。周は即刻帰国の途についた。日本での進学が見込みうすであったからでもある。




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             学生時代の周恩来。前で胡坐をかく。


天津での「五四運動」に積極的に参加した周は、この当時にあるロシア人と接触しソ連とマルクス・レーニン主義を知ることになる。そのロシア人とはコミンテルンのもっとも初期のシナにおける工作員でポレヴァーイ(Sergey Polevoy)といった。このことが結局、周の将来に決定的な影響を及ぼすことになった。

1920年1月、周らは河北省政府に逮捕学生の虐待への抗議にでむき自らも逮捕された。五か月後に釈放された周は、ほどなくフランスへ留学のため出発した。



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この記事へのコメント

nihonhanihon
2007年09月20日 09:08
「もしも」周氏がアメリカ留学を手に入れていたならば・・・
その後の大陸の情勢は全く違っていたのか?
それとも
別の人間が周氏の役回りを演じ結局は今と同じだったのか?
仮定の話だけになんとも判断しかねますね・・・。

マルコおいちゃん
2007年09月20日 15:19
nihonhanihonさん、
「もし」と歴史を再考してみるのは実り多い結果をもたらします。それこそ歴史に学ぶ事かと思います。周の場合は最低四度ほど「もし」周がいなかったらと思わせる歴史的瞬間があります。
1.南昌蜂起
2.遵義会議
3.西安事変
4.「文革」
ですが、このシリーズの白眉でもあるでしょう。
エン
2007年09月20日 16:43
シナ人をもっとも嫌悪しながら
周総理をもっとも尊敬する人間としては
大変面白く読ませてもらっています。
マルコおいちゃん
2007年09月20日 19:52
エンさん、
いらっしゃいまし。ありがとうございます。周は怖い男です。しかし『周恩来秘録』による周の矮小化はいったいなんなんでしょうね?
yang
2007年09月22日 16:42
周恩来若いですね。男前だし、眉毛もまだそんなに太くないし…
若い頃の写真には結構面白いものがあります。
張学良が動いてしゃべっているのを見るとあまり威風堂々といった感じは受けませんね。
蒋介石と一緒に映っているのは岸信介でしょうか?
感慨深いものがあります。

張学良九一八抗日演説
http://www.youtube.com/watch?v=YCfMINnp0xQ
蔣介石
http://www.youtube.com/watch?v=ZbPpC_KjXDo
マルコおいちゃん
2007年09月22日 17:41
yangさん、
いらっしゃいまし。
共産党秘密党員・張学良は麻薬漬けでナチスにあこがれるファシストでした。軍閥のお坊ちゃま然とした風情はかくせませんね。
蒋介石はいくつかの歴史的局面で誤りを犯しましたが、大陸における日本のパートナーとしてはかけがえのない人物でした。日本側ももっとうまくつきあえば共産党を消滅できたはずなのに残念なことでした。
白いタキシード姿の岸信介とも肝胆あいてらす仲だったのでしょう。しかし台湾人にとってはただの圧制者でした。
Luna
2017年07月01日 01:40
ブログ主さん、こんにちは。
周恩来について調べている途中でこのブログにたどりつきました。とてもわかりやすくて素晴らしいブログで大変勉強になりました。
一つだけ、周恩来とゆかりのある天津の大学は「南海大学」ではなく、「南開大学」です。
マルコおいちゃん
2017年07月12日 16:27
Lunaさん、ご指摘ありがとうございます。まさしくこちらの誤りです。訂正したいのですが、放置してもう随分になるのでもうキーワードも忘れました。ご容赦ください。

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