シナ文明の構造から生まれる「シナという病」III

「高シナ文化」(die hochchinesische Kultur、the high-Chinese culture)という言葉があります。 Eberhard, W.,A がその著作『History of China』で命名したものです。

以下、「高シナ文化」について『劇場都市』からの引用です。


この生産的な概念の意味するところは、一般にわれわれが無造作に中国とか中国人とか中国文化と称している対象が歴史の当初から中国の(原文、「中国の」に傍点)chinesisch (引用者注、ドイツ語で「中国の」)ではなかったということ、事実はこの東アジアの亜大陸には多くの地方文化 die Lokalkulturen (引用者注、ドイツ語で「地方文化」複数形)が漢・シナ人の文化と共存していたこと、それらとの共存拮抗の長い歴史的変化の過程で中国の(原文、「中国の」に傍点)と呼ぶにふさわしい文化が形成されてきたのであり、その中核の役割を果たしたのが、城壁都市建設と農耕技術の改良などを指標とする相対的に高度に発達した黄河流域起源の漢・シナ人の文化だったことである。



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                       黄河峡谷


おわかりでしょう、弊イザ版ブログでも批判した趙無眠氏の「論文」にある「中華民族」なるものがいかにイカサマで誤謬と悪意に満ちたものであるか。それは政治的にためする民族「理論」、はっきりいえば他民族を吸収合併融合、つまりシナ化、植民地化するための侵略理論なのです。以下をご参照に、
『日中戦争 中国も同罪だ』を駁す
http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/62820/
http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/62874/
http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/62889/


さらに引用を進めます。


つまり、「<中国>文化という概念は、<ヨーロッパ>文化なる概念と全く同様に、一個の<理念>なのである」とエバーハルトはいう。にもかかわらず、統合的で単一的な中国の(原文、「中国の」に傍点)イメージがわれわれの社会に一般的であるのは、一つには伝統的中国の学者・官人(原文、スカラー・オフィシャルのルビ)たちが政治的文化的理由から自民族中心主義(原文、エスノセントリズムのルビ)を信奉し、近代になってからは西欧文明の圧迫のもとで中国の知識人らがナショナリズムに強く傾倒して、彼らの歴史的精神的な単一性を強調してきたからであり、一つには民族的にも文化的にも相対的にきわめて統合性の高い歴史を有するわれわれが、自分の鏡にあわせて中国人の中国像を受け容れ拡大してきたからである。


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                        五四運動


「中国」とは理念であって国名ではないこと、ゆえにその国を指すとき、われわれ外国人が「中国」と呼ぶことの奇怪さが、ここからもわかると思います。


そして、実に明晰な以上の分析に付け加えるものが有るとすれば、それは、敗戦後のGHQの占領政策の基本であった WGIP(War Guilt Input Program)日本国民に戦争責任を刷り込む洗脳工作のせいであった,ともいえるのではないかと考えます。すなわち<戦前使用されていた「支那」は「中国侵略」のために「中国」を侮蔑し差別するために使用されたものであるから、今後は「中国」を使用せよ>、と。そして、この洗脳は「戦後民主主義」というサヨク思想の桎梏により、いまなお我々を呪縛し続けているのではないでしょうか?


シナ化、植民地化の問題に戻れば、


前2000年以前から、(中略)十種、またはたぶんそれよりも多かった初期の地方文化は融合を開始した、そして数世紀して高シナ文化が形成されていき、同時に地方文化の一部は高シナ文化のうちに融合したが、他の一部はそれとのあいだに摩擦を起こし、その結果地方文化として留まり周辺諸民族文化になった。(中略)しかしそれらもまた、一部は高シナ文化に統合されて消滅し、一部は北中国から他の地方、とりわけ南中国と東南アジア地域へ移動していった・・・・・そして、この過程は現在もなお進行しつつある。


この現在進行形のシナ化、植民地化は我々がまさに目にしている事であること、みなさん激しく納得されるところでありましょう。


しかし、この現在進行形のシナ化、植民地化は、チベット、東トルキスタン、並びにラオス、ミャンマーだけではなく、すぐにも台湾、そしてわが祖国日本へと向かいつつあること、わたしの読者の皆さんなら、これも激しく納得されることと思います。「対岸の火事」ではすまないこと明瞭ではありませんか?


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          http://bbnews.jp/blog/archives/img/vip118205.jpg



ここで、シナ人の国家観が問題になってくると思います。

漢字の「国」とは、「國」が正字で「囗」のなかに「或」、「戈」(ほこ)すなわち武器と「口」すなわち人口、「一」すなわち土地を,城壁の中に収めた形です。古代ユーラシア大陸に普遍的だった都市国家がすなわち国家だったのです。


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                 山西省平遥の城壁


劇場都市』は今までずいぶん引用紹介してきましたが、実はこの城壁都市についてから説き起こされているのです。なぜ都市が問題になるのかと。


古典的な都市の第一の標識は都市を囲んでいる城壁にある。(中略)都市に相当する中国語の一つに城市があり、ヨーロッパの諸都市がしばしば名称に –burg, -borough の接尾語をもち、市民を意味するドイツ語が Bürgerであるのは周知のことに属しよう。


そして大室氏は、いままで紹介してきた都市の現象に関する素描と分析をされた後、


「都市は、わけても自覚的に構成されたばあいには、その都市に固有の宇宙論、プランニング、建築,祭祀、礼儀作法、哲学、見世物、文芸、工芸品、流行、逸脱などを表現する。個々の都市はそれぞれに解読されるべきテキストなのである。


として、「都市の解読」という歴史人類学という手法で各時代、各都市を読み解くという壮大な著述に着手されるのですが、ここではとりあえず城壁都市に留まりましょう。


春秋戦国時代のシナは、まだ皇帝というものがおらず、シナと総称すべき文明が現れてもいません。それは、周王朝が各地に封じた諸侯が割拠し、それぞれ「中原に鹿を追って」いたわけです。それらの諸侯、例として燕国は「燕」(現在の北京の近く、ついでにいえばそれ故,北京の別名は「燕京」という)、呉国は「呉」(現在の蘇州)、越国は「会稽」(現在の紹興)の各都市がその「国」であり、決してそれらの都市を首都とする一定の領土を有する国家ではなかったのです。

我々が想いうかべるそのような国家は、じつは18世紀の欧州にはじまる「国民国家」(Nation State)であり、それを古代シナ、しかもシナ成立以前の社会に投影しているだけなのです。

当時のシナ以前のシナにおける、国々とは諸都市国家であり、その支配する領土、すなわち都市を養う農地は流動的であり、国境などというものも存在しなかった、このことがシナ人の国家観の原風景といってよいでしょう。


また、例の「治国平天下」の「治国」とは、このような都市国家を治めることであり、「平天下」とは、それらの諸都市を平定すること、というのもまたシナ人の世界観の原風景と呼べるかも知れません。


そして、実際にその「平天下」を最初に行ったのが最初の皇帝、秦の始皇帝でした。秦(qin, sin、sina, china), すなわちシナの始まりでもありました。

岡田英弘氏は、その著書『皇帝たちの中国』において「中国」と皇帝の関係を以下のように定義されています。


いわゆる中国の歴史とは、皇帝の歴史そのものである。近代以前には、「中国」という「国家」があったわけでもなく、「中国人」という「国民」があったわけでもない。言い換えれば、「中国」という国家が先にあって、それを治めたのが皇帝だったのではないということになる。先にあったのは皇帝である。

皇帝の支配が直接及ぶ範囲を「天下」といった。この「天下」とは、具体的には、皇帝を中心に展開した都市のネットワークをさすものであり、各地にはりめぐらされた商業都市網の経営が、すなわち皇帝制度の本質なのである。



これまた、実に解りやすい明快な定義です。学問とはかくあるべきものという見本でしょうか。


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                   秦始皇帝兵馬俑


これら古代のシナにおいて発生した現象を、牽強付会に現代の世界にあてはめ、「平天下」を目論むのが現中共政権です。まさに時代錯誤な烏滸の沙汰ではありませんか

普通は800年ほどで変化するといわれるエートス(ethos),すなわち人間および社会集団の習慣的道徳的な行動思考様式。しかし、二千年以上たってもいまだそのエートスを転換できないシナ人をみると、それを支配するシナ文明の桎梏の深さがうかがい知れます。


このシナ人を縛るその特有の観念形態をマルクスのいう「ドイツ・イデオロギー」(Deutsche Ideologie)に倣い、「シナ・イデオロギー」(Sina Ideologie, China Ideology)と名付けておきましょう。

あるいはそういう意識形態とエートスから逃れられないシナ的精神病態を「シナという病」と名づけるのです。



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