政治指南書としての『老子』

「シナ思想」といわれるものの中で唯一形而上学的、すなわち哲学的な内容をもつものが『老子』である。その他は、ほとんどが処世術的、形而下なものであっていかにも退屈のものばかりである。

もうひとつの例外『荘子』とあわせてそれをカノンとして奉る一派は、「老荘哲学」派とも呼ばれる。

しかしその『老子』を読まれた方はご存知であろうが、その内容にはまた処世術的なものも含まれているのである。

もとより西欧哲学のように思索を重ねて体系化したものではないので、あれもありこれもある、という具合に独立した説やアレゴリーを寄せ集めたものであるから、形而上学的なものばかりではない夾雑物が混ざりこんでいるとも考えられる。

また老子なる人物はもとより存在せず、後世のとくに荘子一派の創作ともいわれているから必要に応じてそのようなものも故意に編入されたのかもしれない。


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今回は、形而上学のほうはさておき、処世的なものの例をいくつかあげよう。


1.「治大国、若烹小鮮」(第六十章)
「大国を治めるには、小さき魚を調理するごとくせよ」

この一説の後には、なに故かというこ難しい説明が続くのであるが、この部分だけを取り上げても十分意味が明らかである。

大国というものは小さい魚を料理する際のように、たびたびひっくり返しているようでは肉がバラバラになるように国も乱れてしまう。われわれはその良き例を、毛沢東統治下のシナに見てきた。

やれ「三反五反」だ、「百家争鳴」だ、「大躍進」だ、「三面紅旗」だ、「文化大革命」だと上へ下への大騒ぎを繰り返し、国庫を蕩尽し国中を疲弊させいま一歩で破滅させるところであった。実に惜しいことであった。

鄧小平という男、いささかこの「老荘哲学」の心得があったものと見えて、その治世においては毛氏皇帝時代に比較しては平穏な天下であったようだ。

また名言も多い。

曰く、「小事大看、大事小看」(小事は大雑把に見て、大事は仔細に見る

プラグマチックな、たとえば貴兄がある会社の社長であっても会社経営に使えそうな、有効性のある言葉であるし、なにやら先に上げた「大国は小さい魚のように料理せよ」に通じる余韻がある。これから見ても鄧という小男の大きさが知れる。敵ながらあっぱれ、といっておこう。


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2.「天下多忌諱、而民彌貧。朝多利器、国家滋昏。人多伎巧、奇物滋起。法令滋彰、盗賊多有。」(第五十七章)
「天下の禁忌が多ければ多いほど、人民は困窮に陥る。政府の権謀が多ければ多いほど、国家は昏乱する。統治者の伎巧が多ければ多いほど、邪悪な事が発生する。法令が多ければ多いほど、盗賊が多く増加する。」

いかにも老子が言いそうな逆説である。そしてそれゆえに、と老子は「無為」を説くのである。

「故聖人云、我無為、而民自化。我好静、而民自正。我無事、而民自富。我無欲、民自樸。」

これには訳は必要あるまい、簡単な漢字が並ぶだけであるから自ずとその意は通じると思う。(これもまた「無為」である、むふふ)

しかしこのような聖人が理想とされても為政者というものは安心できないらしく、ついつい『韓非子』などのいわゆる「法家思想」を採用し、法律できつく人民を締め上げたくなるものらしい。しかしその結果はご覧のとおり、現在のシナのように共産党独裁の下、社会・自然環境ともに大いに昏乱しておるような。

まだまだ提起したい名文句はあるのであるが、またの愉しみとしておこう。

週末ではあるし、この辺で休ませていただくことにする。




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この記事へのコメント

nihonhanihon
2007年11月11日 22:20
私もしばらく様様なことでブログにあまり集中できませんが明日以降は少し進む予定です。
マルコさんにおかれましては風邪明けでもありますしご無理のないよう・・・。
マルコおいちゃん
2007年11月12日 16:29
ありがとうございます。一日おきのペースでエントリーできればな、と考えています。
kinny
2007年11月13日 13:02
論語はあくまで教養なので、社会を見る上ではともかく、掘り下げておもしろいものではないが、老子には、たしかに論理が持つしぜんな鋭さがある。

アメリカ人はよく、孔子の言葉をもって
「インディアンの酋長の格言のようだ」
と評するらしい。これは日本の歴史作家の証言だ。

なるほど、確かに酋長シアトルはじつに処世に富んだ、含蓄ある多くの言葉を遺した。これらをもって、ネイティブアメリカンの良心を代表するものと考える向きもある。

ひるがえって、鄧小平の言葉。さすがにインディアンの格言のごとく、じつに深みがあるのには驚かざるをえない。

わが国の政治家にないのは、これだ。
こうした大人の持つ、しぜんな深み。
これがない。
マルコおいちゃん
2007年11月13日 16:47
シナ人は、とくに政治においてはよほど練りこまれていますから、平時の日本人はとてもかないません。しかし非常時ともなれば異才をもつ人材は輩出すするはずです。

しかし幕末の際は漢学の素養をもつ武士階級があり、敗戦後の困難な時期には西欧的教養をたくわえた人たちがいましたが、今の国難に対処できる教養人が、さているかどうか、それが問題です。

kinnyさんの任務は重い、と言わねばならないでしょう。
みちこ
2007年11月14日 00:58
2番の逆説オンパレードが面白かったです。
その昔、松下電器が売り上げ低迷に陥ってアップアップしていた頃、上も下も「会社のための」会議や対策に明け暮れていました。
その時、伝説の某本部長さんが一言。
「会社のための善後策を講じれば講じるほど、会社は勢いを失って行くぞ。善後策は少ないほど良い。」
マルコおいちゃん
2007年11月14日 16:38
みちこさん、
その「伝説の某本部長さん」、ただものではありませんね。老荘思想は、会社経営にも役立つのですねえ。まあ、人によりけりでしょうが。

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