【中共異端思想の系譜】その5、光明と暗黒

異端、あるいは中共用語で「反動」または「反革命」の概念は実にあいまいで間口が広い。とくに「反動」または「反革命」の決まった定義があるわけではなく、つまるところ自己に反対するものに「反動」または「反革命」のレッテルを貼り付けるだけというまさにご都合主義なものなのである。


しかし党内批判派、あるいはマルクス主義パラダイム内での反対派をここでは中共異端派と定義しておく。その意味では「李一哲」はまさに異端であった。


王希哲は獄中において『資本論』はじめマルクス主義文献の学習をしていた。中共サイドも建前上それを阻むことはできかねたであろう。


それは彼が育った環境下では共産主義の真実をもとめる憧憬によるものであったろうが、結果は中共の真実の姿をあばく理論的武器となり、結局は彼自身の哲学的思考を鍛える糧となったようだ。


それは王希哲がその自伝で云わんとしていることに表出されている。そのタイトル『走向黒暗』とは以下のような意味合いなのである。


「共産党は言う、自分は灯台であり光明であり人類はただその照らす輝きの下でこそ救われると。わたしがこれから書こうとする書は一人の青年(後には老いたのであるが)が如何に一歩一歩とこの灯台の明かりから遠ざかり暗闇にむかって歩いたかを記載するものである。」



自伝の前書きとして記されたこの一節はまさしく彼の少年時代の目覚めから青年時代の独立思考により、異端から中共にとっての真の「反動」「反革命」へと変容していった歩みを概括している。


この時点での王希哲は十二年の獄中の暗闇からからやっと光ある世界へと解放されたはずなのに、あえてこのように書き付けたのであった。その思考のアイロニーと記述のレトリックは中共御用作家たちには求むべきもないものだ。


しかしとりあえず当時はまだ「異端」にとどまっていた「李一哲」へと回帰しなければならない。



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                      ゴヤ・異端裁判所



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