テーマ:中共内権力闘争

譚力夫『血統論』と遇羅克『出身論』

「赤い八月」と呼ばれる、「保皇派」(紅五類)紅衛兵たちによる赤色ファシズム、赤色テロの嵐は九月には転換期を迎えました。一月あまりのテロの恐怖により全国を震え上がらせた毛沢東と中央文革小組(「文革」を推進するため中央書記所を廃止し、それにかわる実質上の「党中央」として機能するよう「五一六通知」により決定)は、その「文革」の真の狙いを明らか…
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Intermezzo 太子党

≪太子党の源流としての「聯動」≫の続きをやや文体をかえて述べてみましょう。どうも柄にもなく高所大局から意見を垂れるかのごとき文体が続いたため、読者のみなさまも閉口されたことでしょう。こちらもエントリーがどうもはかどらない、なぜか?と考えて文体の問題にふと気づいた、というわけでした。 まだわたしの「対自意識」もまだ錆びついてはいない…
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太子党のよって立つ社会的基礎

シナには、「頂替」(ding ti)という制度があった。制度というよりも風俗習慣といったほうが正確かもしれない。元来、「頂替」という語そのものは「替え玉」という意である。 「頂」という字には、日本語にはない「欠員を補充する」「代わりをつとめる」という意があり、こちらは日本語にもある「替」、すなわち「替わる」「代わってする」という字…
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内部大粛清「富田事件」---「文革」の原型、誤解されつづける周恩来17

中共中央が移転する前の中央ソヴィエト区の状況を述べておきましょう。 「八一南昌蜂起」前の1927年5月の五全大会時には党員数6万人、直接掌握していた北伐軍は3万人を数えたものの、反共クーデターへの反撃であった「八一南昌蜂起」後はほとんど消滅したに近かった党と軍を、実権を握り続けた周は、1930年にはふたたび12万あまりの党員、…
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イデオロギーとは無縁の権力闘争(誤解されつづける周恩来16)

魯迅の有名な詩に「柔石を悼む」と通称されるものがあります。 煩雑になるので訳文だけを紹介します。『魯迅詩話』(高田淳、中公新書、昭46年)から引用します。一部読解困難と思われる漢字をひらがなに訂正します。 長夜に慣れて 春時を過ごし 婦をたずさえ雛(こ)をとりて 鬢に糸あり 夢裡に依稀(おぼろ)たり 慈母の涙 城頭…
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