テーマ:桑原隲蔵

シナにつける薬としての魯迅7、≪薬≫としての血饅頭(下)

さて秋瑾の場合ですが、その最後の潔さといい、また美女ということもあり、辛亥革命後は愛国者の鑑とも見なされ、「巾帼英雄」(巾帼とは婦人用の頭巾、すなわち女英雄)ともいわれます。「巾帼英雄」といえばすでに秋瑾の代名詞となり、他の場合にはほとんど使用されません。 杭州は西湖の畔、杭州…
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桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』V

5)医療の目的での食人について。 台湾正名運動の指導者で現役の医師でおられる林建良先生の著書・『日本よ、こんな中国とつきあえるか?』(並木書房)の開巻に、「医食同源」とはどういうものか述べられていますので読まれた方も多いと思います。 簡単にいえば、肝臓が悪い人は肝臓を食べる、というものです。すこし(人では…
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桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』IV

4)憎悪の極み、怨敵の肉を喰らう場合 「支那人はその怨敵に対する時、よく欲噬(噛むこと)其肉とか、食之不厭とか、将魚肉之とかいう文字を使用するが、こは決して誇張せる形容ではなく、率直なる事実である。」 「彼等は生きたる怨敵の肉を喰らうは勿論、死んだ怨敵の肉すら喰らうことが稀ではない。」 「…
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桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』 III

3)嗜好品として人肉を食用する場合について述べましょう。 「こは勿論特別の場合に限る。ところが支那では、この特別なるべき場合が、存外頻繁に起るから驚く。」 と桑原先生は、論考を進めます。 そして、例の斉の桓公と易牙の故事などを述べたあと。比較的特異な例を拾い集めています。 飢餓も無…
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桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』 II

2)篭城して糧食尽きた時に,人肉を食用する場合について述べましょう。 「篭城」というときに、我が戦国時代の篭城を思いうかべてもらっては困ります。シナで「城」というと城壁に囲まれた市、「城市」であって、日本の姫路城とか熊本城とかの城郭のことではありません。 城門を閉めて、軍が市民ともども城壁のなかに閉じこもって敵の包囲に耐える…
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桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』 I

開高健・『最後の晩餐』において、桑原隲蔵のシナ食人に関する著名な、しかしいささか古い論文を紹介しました。さすが我国シナ学界の雄であり京都学派の創始者とされる桑原先生だけあって、ほとんど完璧というほどにシナの食人について述べられておられます。 原文はいまとなってはむつかしい表現や資料の引用が書き下しなしの漢文でもあるので、若い方…
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