テーマ:宰相の失敗

短命で無能だった宰相・華国鋒

周恩来が死去してすぐの春節(シナ旧正月)に、毛沢東は爆竹を鳴らして祝ったことを『晩年周恩来』はつたえている。シナの国民が弔意をあらわし旧正月をいわうことを控えているまさにそのときのことであったから、毛の周生前にたいする仕打ちに怒りを溜め込んでいた人民は、この周の死を祝福する毛の態度にその怒りを爆発させ清明節の天安門広場での「四人組」実は…
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27年も宰相をつとめた男、周恩来 Part3

これまで二回にわたって周恩来を論じながら暗に安倍総理の一年来の成果と失敗を評したつもりであるが、うまくいったかどうかは知らない。 もう少しだけより直接的に続けてみよう。 行政管理についてごく簡単に。「文革」のような大混乱においても宰相が渾身の力を以って国の行政を維持し続けた。それは官僚機構がまったく宰相の権力下に置かれていた…
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27年も宰相をつとめた男、周恩来 Part 2

シナの宰相という権力を考える場合、皇帝権力というものを抜きにしては語れない。 皇帝という絶対権力から一部の権力を付与されて国事の一端を担うのが宰相である。つまりシナの宰相は限られた権力しかもたないである。 それは大日本帝国憲法の下における天皇と内閣総理大臣との関係に似ていなくもない。三軍の統帥権は天皇にあり総理にはない。 …
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27年も宰相をつとめた男、周恩来

1949年に共産党政権がシナ大陸に樹立されて以来、1976年のその死に至るまで27年間も総理の職にあった周恩来は、宰相または総理という政治的地位について再考させてくれる格好の材料でもある。 共産党独裁の「国家」体制とわが国のような議院内閣制における宰相の地位はむろん同じではない。たとえばその人事は民意によらず権力機構内部の意志によ…
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宰相・王安石の失敗

「唐宋八家文」の一人としてシナ文学史上有名な王安石(1021年-1086年)は、政治史上で改革家として有名である。 しかも失敗した改革派宰相として。 その経歴をみてみよう。 嘉佑三年(1058年),北宋仁宗にたいし万言の書を提出し改革を訴える。 熙寧二年(1069年)、北宋神宗のときに政治参与となり農地改革にのり…
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