テーマ:魯迅

イデオロギーとは無縁の権力闘争(誤解されつづける周恩来16)

魯迅の有名な詩に「柔石を悼む」と通称されるものがあります。 煩雑になるので訳文だけを紹介します。『魯迅詩話』(高田淳、中公新書、昭46年)から引用します。一部読解困難と思われる漢字をひらがなに訂正します。 長夜に慣れて 春時を過ごし 婦をたずさえ雛(こ)をとりて 鬢に糸あり 夢裡に依稀(おぼろ)たり 慈母の涙 城頭…
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群集の愛国的尊大さ、シナにつける薬としての魯迅11

「中国人はもとより些か尊大である。ただ惜しむべきは「個人の尊大さ」はなく、すべて「群集の愛国的尊大さ」であることだ。これすなわち文化の競争に失敗した後、奮起して改善できない原因である。」 と書き始めるのは、雑感『三十八』、やはり1918年の『新青年』に発表され、『熱風』に収められました。 「個人の尊大さ」はお…
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世界から押し出されるシナ、シナにつける薬としての魯迅10

前回紹介した、『雑感 三十五、国粋』に続いて『三十六』があります。ともに1918年の『新青年』に発表されました。 『新青年』は「文学革命」や「五四運動」に影響をあたえた雑誌として有名です。その文章で魯迅は、実に示唆に富む、現在のシナ人諸君に是非再読再考してもらいたいものを含んでいます。 「現在多くの人…
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国粋と国罵について、シナにつける薬としての魯迅9

2006年ドイツ・ワールド・カップの決勝戦は、フランス・チームのジダンによる驚きの頭突きで実質上幕を下ろした。敗軍の将・仏チームの監督は、「君達はジダンが退場したいがためわざわざ頭突きをしたと思うかい?」と記者団に語った。 後日談として当の頭突きを喰らったイタリア・チームの某選手は「ジダンの母親と姉についてのきつい冗談をかましたんだよ…
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シナにつける薬としての魯迅8、雷峰塔倒壊のアレゴリー

魯迅の代表作『狂人日記』『阿Q正伝』と同時代に書かれた「雑感文」といわれるエッセーの周りをしばらく散歩したいと思います。 『雷峰塔の倒れたことを論ず』という1924年に書かれた文章があります。普通『雷峰塔の倒壊を論ず』と訳されますが、原文「倒掉」は、口語で「倒れてしまう」「倒れおちる」意味ですから「倒壊」という名詞にはそぐい…
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夢想千一夜の第5夜、虚空の風

こんな夢をみた。駅前からリキショーを拾った。ゆっくりと途中の見学ができるからだ。江南の穫り入れもちかい農村は豊かに実っているようにみえる。 その田のなかをジャンクの帆がゆっくりと動いていく。ここからは見えないが、クリークが走っているのであろう。 田でせいをだす農民も、道端でタバコをふかす行商人も皆、れいのフェルト帽をか…
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夢想千一夜の第4夜、沈黙の群集

こんな夢を見た。黙りこんだ群集が路地という路地から湧き出てくるように大通りに集まり、どこかにゆるゆると動いていく。 流砂が木々を押し倒していくように、抗おうとするものも抗いようもなく、その流れに吸い込まれていく。 誰も何も言おうとしない。ただ押し黙ったまま、中には気味の悪い薄笑いを浮かべているものがいる。…
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誤解されつづける周恩来3、周恩来と魯迅は一族であった

イザ版『周恩来評伝』では省略してしまった、周恩来の家系と幼少年時代について触れておこうと思います。周の出身家庭は官僚であったことと、また家庭状況が複雑なため周の精神形成に比較的深い影響を及ぼしていると見られるからです。 周恩来は江蘇省淮安で生まれました。しかしその祖父は浙江省紹興から移住したものであり周家は代々紹興に住む名家と…
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シナにつける薬としての魯迅7、≪薬≫としての血饅頭(下)

さて秋瑾の場合ですが、その最後の潔さといい、また美女ということもあり、辛亥革命後は愛国者の鑑とも見なされ、「巾帼英雄」(巾帼とは婦人用の頭巾、すなわち女英雄)ともいわれます。「巾帼英雄」といえばすでに秋瑾の代名詞となり、他の場合にはほとんど使用されません。 杭州は西湖の畔、杭州…
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シナにつける薬としての魯迅6、≪薬≫としての血饅頭(上)

『薬』は、魯迅と同郷の革命家・秋瑾の処刑が背景となっています。この秋瑾は、辛亥革命の前段階蜂起ともいえる武装蜂起を準備中にとらえられ処刑されました。この事件は、じつは徐錫麟の武装蜂起事件と密接な関係があり、それどころか光復会という革命組織が計画した安徽省と浙江省で同時武装蜂起だったのです。 徐錫麟の蜂起が失敗し、その仲間が計…
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シナにつける薬としての魯迅5、≪狂人日記≫下

シナの書物の行間だけではなく、本文に喫人が堂々と記されているのはいままで見てきてご存知のとおりです。ただ例の「狂人」はシナの書物全部が食人についてであると考えるところが「狂人」の「狂人」たる所以なのかもしれません。しかし狂った社会では「狂人」こそが正常人でもあるのです。 人に喰われるのだという強迫観念を抱くこの「狂人」は叫び…
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シナにつける薬としての魯迅4、≪狂人日記≫上

さて今まで数回にわたって、桑原隲蔵先生のシナの食人に関する論文を見てきたわけですが、その目で魯迅の『狂人日記』を再読すると、それまでの見方と違った味わいがあると思います。 およそ『狂人日記』に対する文学的評価とは、シナ最初の口語で書かれた近代文学、ということでしょう。「魯迅」の筆名が最初に使用された作品でもあります。さら…
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最後の晩餐に出てくるものは?

敬愛する作家・故開高健に『最後の晩餐』という作品があります。 作家はその豪放磊落なポーズの陰にメランコリーを有していました。彼の忠実な読者には明らかなことでしょう。彼は「滅形」とそのメランコリー症状の発作を表現していました。 作家は「グルメ」としても知られ数々の興味深いエッセーを残してくれましたが、この『最後の晩餐』では、カ…
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シナにつける薬としての魯迅3

辛亥革命後、光復会の指導者であり同郷の先輩でもあった蔡元培のひきで北京新政府の教育部に職をえた周青年は、故郷を引き払い家族をひきつれ北京へ移住します。              蔡元培、中華民国初代教育大臣、北京大学学長 しかし北京で待っていたものは、革命後の混乱と官僚たちの相も変らぬ腐敗ぶり。いったい何のための革…
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シナにつける薬としての魯迅2

さて魯迅の愛国の対象たる国がいったいシナにあっただろうかといえば、これがなかった。実は今もない。「国民国家」(Nation State)というものが「フランス革命」以降のわれわれのいう国家であるわけで、その意味では「中華人民共和国」は「国民国家」ではなく、各異民族を帝国主義的手法でおさえつけながら維持している、わたしの用語では阿Q帝国主…
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シナにつける薬としての魯迅

このシリーズはイザにおいて「魯迅を見直す」としてすでにエントリーしたものを「シナにつける薬」と改名し再録するものです。しかし部分的に字句を改めました。また大幅に書き直した部分もあります。 前わが国においては、もうすっかり流行りませんが、魯迅センセー、左翼が時にもちあげてるようです、理由としては右翼国民党の弾圧にくじけず言論で闘…
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