テーマ:シナの食人文化

『中国食人史』8、人肉市場

黄先生によれば食人が最も栄えたのは唐代であり、それ以前には人肉市場の記述が史書には見えないので、人肉市場の発生も唐代であろうと推測されています。 人肉市場の発生がなぜ重要化といえば、すなわち食人が異常事態時の特殊な現象ではなく、すでに日常化、普遍化、商品化したことを示しているからに他なりません。 しかもその市場価格が、以…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

『中国食人史』7、首都で頻発する食人

『中国食人史』で紹介したいあと二点は、「帝都」と「人肉市場」です。 まずは「帝都」。すなわち帝国首都ですが、食人は辺鄙な田舎よりもむしろ首都で頻発したこと、これがシナにおける食人の特殊性を象徴しているでしょう。それはいわゆる「未開の人食い人種」の食人とは異なり極めて政治的な出来事であったことを物語っています。 そ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

『中国食人史』6、わが子を食って疑われた男

前回では、周文王が忠義を表すために自分の子を敢えて食ったハナシをしました。 しかし、それは実は偽の忠義だったわけです。ゆえに君主側としては、疑念が絶えないわけでしょう。 時代は降って戦国時代。魏の国の将軍・楽羊がやはりわが子を食したのに信用されなかったというオソマツ。 『戦国策』によれば、楽羊は命を受けて…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

『中国食人史』5、忠義を測るテストペーパーとしての食人

「忠」、とは儒教の重要な徳目の一つで、とくに我国においては武士道の柱として重視されてきましたから、いまさらどういうものか説明する必要はないでしょう。 我国の場合は、「二君に仕えず」は当然のこととして現代の就職・就業意識にまで強い影響力、規範力を有しています。 ところがシナの場合は、ちょうど我国の戦国時代のように忠…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

『中国食人史』4、戦友を糧食とする

これまでに見て来たシナの食人文化に照らして考えれば、民衆も敵兵もいない時は、戦友を殺して食す事になるのは不思議ではありません。 長平の役と言う、戦国時代最大の戦役がありました。それは秦と趙の両国が生死存亡をかけた一大決戦だったのです。趙は秦軍の進撃をくい止めるため全ての軍を長平に集合させ決戦を挑みました。 秦…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『中国食人史』3、敵兵を糧食とする

「戦場において敵兵を捉えて食すか、敵兵の屍肉を割いて食すことは、二種類の積極的意義がある」と、黄先生は続けます。 一つには軍糧を節約し、欠糧の危機を解決できること、もう一つには「肉を食してその皮に寝る」という敵愾心をあおることができる、という事らしいです。敵愾心をあおるための食人とは文明人らしからぬ仕業ですが、それもシナ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『中国食人史』2、軍糧の不足を補うもの

飢饉は、自然災害がもたらすばかりでなく、戦乱の長期化によっても起ります。なぜなら北魏以来、職業軍人だけでなく徴用された農民が兵となって戦争の担い手となったため、働き手の少なくなった、あるいはいなくなった耕地が荒廃するのは当然のことでしょう。 故に必然的に糧食が減少し飢饉をもたらします。民衆は当然、今まで述べてきたような行…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『中国食人史』1、食人のさらなる分類

黄文雄氏の『中国食人史』は、『中国食人文化101の謎』の翻訳であるらしいのですが、日本語版を目にしていませんし、台湾版の奥付けには、黄文雄著とあるだけで訳者だれそれとは記していないので本当のところはわかりません。あるいは、黄文雄氏がみずからシナ語訳されたのでしょうか?またそうだとしても、『中国食人文化101の謎』はすでに手に入りにくいよ…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

シナの食人、これまでのまとめとロードマップ

さてこれまでシナの食人について開高健、中野美代子氏、桑原隲蔵を紹介したあと、魯迅の『狂人日記』その他の著作へ一度戻りましたが、これから再度、シナの食人につき掘り下げて行きたいと思います。 魯迅がその処女作に食人を取り上げたことの真意は、決してシナ古代的「封建」社会の暗喩としてではなく、身近な同志が食われた事実に基付く、シ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

シナにつける薬としての魯迅7、≪薬≫としての血饅頭(下)

さて秋瑾の場合ですが、その最後の潔さといい、また美女ということもあり、辛亥革命後は愛国者の鑑とも見なされ、「巾帼英雄」(巾帼とは婦人用の頭巾、すなわち女英雄)ともいわれます。「巾帼英雄」といえばすでに秋瑾の代名詞となり、他の場合にはほとんど使用されません。 杭州は西湖の畔、杭州…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

シナにつける薬としての魯迅6、≪薬≫としての血饅頭(上)

『薬』は、魯迅と同郷の革命家・秋瑾の処刑が背景となっています。この秋瑾は、辛亥革命の前段階蜂起ともいえる武装蜂起を準備中にとらえられ処刑されました。この事件は、じつは徐錫麟の武装蜂起事件と密接な関係があり、それどころか光復会という革命組織が計画した安徽省と浙江省で同時武装蜂起だったのです。 徐錫麟の蜂起が失敗し、その仲間が計…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

シナにつける薬としての魯迅5、≪狂人日記≫下

シナの書物の行間だけではなく、本文に喫人が堂々と記されているのはいままで見てきてご存知のとおりです。ただ例の「狂人」はシナの書物全部が食人についてであると考えるところが「狂人」の「狂人」たる所以なのかもしれません。しかし狂った社会では「狂人」こそが正常人でもあるのです。 人に喰われるのだという強迫観念を抱くこの「狂人」は叫び…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

シナにつける薬としての魯迅4、≪狂人日記≫上

さて今まで数回にわたって、桑原隲蔵先生のシナの食人に関する論文を見てきたわけですが、その目で魯迅の『狂人日記』を再読すると、それまでの見方と違った味わいがあると思います。 およそ『狂人日記』に対する文学的評価とは、シナ最初の口語で書かれた近代文学、ということでしょう。「魯迅」の筆名が最初に使用された作品でもあります。さら…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』V

5)医療の目的での食人について。 台湾正名運動の指導者で現役の医師でおられる林建良先生の著書・『日本よ、こんな中国とつきあえるか?』(並木書房)の開巻に、「医食同源」とはどういうものか述べられていますので読まれた方も多いと思います。 簡単にいえば、肝臓が悪い人は肝臓を食べる、というものです。すこし(人では…
トラックバック:0
コメント:10

続きを読むread more

桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』IV

4)憎悪の極み、怨敵の肉を喰らう場合 「支那人はその怨敵に対する時、よく欲噬(噛むこと)其肉とか、食之不厭とか、将魚肉之とかいう文字を使用するが、こは決して誇張せる形容ではなく、率直なる事実である。」 「彼等は生きたる怨敵の肉を喰らうは勿論、死んだ怨敵の肉すら喰らうことが稀ではない。」 「…
トラックバック:0
コメント:8

続きを読むread more

桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』 III

3)嗜好品として人肉を食用する場合について述べましょう。 「こは勿論特別の場合に限る。ところが支那では、この特別なるべき場合が、存外頻繁に起るから驚く。」 と桑原先生は、論考を進めます。 そして、例の斉の桓公と易牙の故事などを述べたあと。比較的特異な例を拾い集めています。 飢餓も無…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』 II

2)篭城して糧食尽きた時に,人肉を食用する場合について述べましょう。 「篭城」というときに、我が戦国時代の篭城を思いうかべてもらっては困ります。シナで「城」というと城壁に囲まれた市、「城市」であって、日本の姫路城とか熊本城とかの城郭のことではありません。 城門を閉めて、軍が市民ともども城壁のなかに閉じこもって敵の包囲に耐える…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

桑原隲蔵・『支那人間に於ける食人肉の風習』 I

開高健・『最後の晩餐』において、桑原隲蔵のシナ食人に関する著名な、しかしいささか古い論文を紹介しました。さすが我国シナ学界の雄であり京都学派の創始者とされる桑原先生だけあって、ほとんど完璧というほどにシナの食人について述べられておられます。 原文はいまとなってはむつかしい表現や資料の引用が書き下しなしの漢文でもあるので、若い方…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

中野美代子氏の『カニバリズム論』

前回紹介した、開高健、『最後の晩餐』をシナ文学の専門家の立場からうけて書かれたのが、中野美代子氏の『″食″の逆説』である。『カニバリズム論』(福武文庫、1987年)に収められている。 中野氏はシナの食人について、開高の飢餓のときの習慣が趣味に発展したのではないかという説に異論を唱え、「古代から別個の系譜として意識されていた…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

最後の晩餐に出てくるものは?

敬愛する作家・故開高健に『最後の晩餐』という作品があります。 作家はその豪放磊落なポーズの陰にメランコリーを有していました。彼の忠実な読者には明らかなことでしょう。彼は「滅形」とそのメランコリー症状の発作を表現していました。 作家は「グルメ」としても知られ数々の興味深いエッセーを残してくれましたが、この『最後の晩餐』では、カ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more