テーマ:シナという病

【シナの変容】 見えないシナ人

シナには悪魔だけがすんでいるわけではない。その多くはやはり血の通った人間なのだ。しかし「日中友好」などと見かけのよい言葉ヅラとはことなり、両国民はおたがい遠くはなれ、あるいは遠ざけられているから、その肌身の暖かさがつたわらない。 しかしここでは、シナ人といっても大きく分けて三種にわけられることを確認しておきたい。 …
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台湾における「中国病」患者

シナ人特有の、世界の中心すなわち「中国」でありたい、「大国」でありたい、という誇大妄想的意識を、「シナという病」と名づけておいた。それは、異民族に武力統治され奴隷として虐げられ見下された長い歴史によるものに発し、意識下に抑圧されたルサンチマンの発露として一挙に奴隷の主人となりたいという幼稚な心理的不安の表れである、と述べておいた。 …
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「文化中国」という侵略思想

「文化中国」(Culture China)という考えは, ハーヴァード大学の杜維明教授(現・哈佛燕京学社(Harvard-Yenching Institute)社長)が80年代から唱えているものである。 杜維明氏は、大陸生まれの台湾外省人であり米国留学後そのまま米国籍となり、いわゆる「新儒教主義」を唱え、また「文化中国」を提起した…
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シナ人によるシナ文明批判、『河殤』

「殤」とは見慣れない漢字であろうが「夭折」の意である。「河」とはすなわち黄河である。『河殤』は1988年にシナ国内で放映されたTVシリーズであった。当時のシナを震撼させとくに青年層への影響は大きかった。 その影響は、翌年に爆発した天安門広場を中心にした抗議行動のスタイルに色濃く表現されている。あの「民主の女神像」がそれを象徴してい…
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シナという病に罹りやすい者は

漢文の授業というものがいまだに行われているのかどうか知りませんが、われわれの世代では中学「古典」の教科書に「漢文」が含まれていましたし、高校の課程には「漢文」がありました。 その中で、儒教のいう大同世界のころの理想的君主として堯舜禹が称揚されていました。その是非はともかく、人口に膾炙した以下の故事をご存知のことと思います。(若い方…
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「世界の中心」の田舎芝居

さて、いわゆる「華夷秩序」によれば、「中華」が世界の中心で、それをとりまく「東夷西戎南蛮北狄」は、「中華」の文化に畏れ入り朝貢をなし、「中華」の天子から封ぜられる、という形をとります。 シナ的「世界」では、天子が諸侯を各地の王侯に封ずることを「封建」といい、その詔書を「封冊」といいます。その権力分配の制度にちなみ、「中華」周…
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群集の愛国的尊大さ、シナにつける薬としての魯迅11

「中国人はもとより些か尊大である。ただ惜しむべきは「個人の尊大さ」はなく、すべて「群集の愛国的尊大さ」であることだ。これすなわち文化の競争に失敗した後、奮起して改善できない原因である。」 と書き始めるのは、雑感『三十八』、やはり1918年の『新青年』に発表され、『熱風』に収められました。 「個人の尊大さ」はお…
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シナという病の症例と原因

「中国」は大国だし、そうでなければならない。 「中国」は世界の中心だし、そうでなければならない。 「中華民族」は偉大だし、そうでなければならない。 ざっと簡単に目立つところの症状を挙げれば以上のようであるが、そのような症状を表すものは、シナ人と他国人とを問わず、「シナという病」(チャイナ・シンドローム、シナ症候群)に罹っていると見…
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シナ文明の構造から生まれる「シナという病」III

「高シナ文化」(die hochchinesische Kultur、the high-Chinese culture)という言葉があります。 Eberhard, W.,A がその著作『History of China』で命名したものです。 以下、「高シナ文化」について『劇場都市』からの引用です。 「この生産的な概念の…
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