丸幸亭老人のシナにつける薬

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 史上最低の親子二代目宰相・李鵬

<<   作成日時 : 2007/09/24 19:51   >>

トラックバック 1 / コメント 12

1987年のシナ政局は、「胡耀邦おろし」で記憶に残る。その前年の学生デモの処理がまずかったことが「胡耀邦おろし」の理由とされたが、その実、胡耀邦がそれまで推進した「改革開放」が、共産党の老人たちの危機感をあおったものと思われる。

しかしそれらの老人たちの多くが、胡耀邦が強力に取り計らった「平反」(名誉回復)により「文革」期間中につき落とされたミジメな社会的地位から特権階級へと復活できたのであった。まさに忘恩的行為といってよい。

ケ小平はその圧力に屈し「泣いて馬謖を斬る」を演じることになった。ケは、胡耀邦を罷免し、それにかえて総理であった趙紫陽を総書記にすえ、かわりの総理に周恩来の義理の息子・李鵬をすえてしまった。

この李鵬という男、『阿Q列伝の1、李鵬』(http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/157867/) でも述べておいたが、親の七光りだけで政官界を泳ぎわたってきたという無能無責任を絵に描いたような男であった。もちろん周恩来未亡人・ケ穎超の公私混同のつよい押しもあってのことであった。

また、胡耀邦、趙紫陽というケ小平によれば「天が落ちてきても二人が支える」と言わしめたほどの才気と能力にあふれた後継者が推進する「改革開放」が自己の政治的地位を脅かす事をおそれた老人たちに忌み嫌われ、その政治的圧力が、この李鵬という無能無責任男を宰相という重要な地位に押し上げてしまったのであった

その害悪はそのすぐ二年後の1989年に現われた。

1989年4月8日早上,胡耀邦は中南海懷仁堂で開かれた十三期四中全會を準備する政治局拡大会議において突然心臓病を発し、15日朝、心筋梗塞により死亡した。会議において李鵬と激しく罵りあったその結果であるとの風聞が瞬く間にひろがった。

1976年の清明節に、その年のはじめ死亡した周恩来を追悼する人々が民兵に武力弾圧されたいわゆる「第一次天安門事件」とよく似た状況が発生した。

胡耀邦を痛む学生と知識人の運動が北京市民を巻き込んで、大規模な反政府運動となって広がった。その標的は、まさに李鵬であった。「李鵬下台」(李鵬は辞めろ)のスローガンが天安門を中心に北京市内に響き渡った。

そのいわゆる「第二次天安門事件」は、共産党の私兵・いわゆる「人民解放軍」による市民虐殺という悲惨な結末をむかえたのはご存知の通りである。

総理としてたいした業績をあげなかった李鵬であるが、このときは首都に戒厳令を布告するという歴史的「大業績」を光栄にもあげることになったのである。

画像


その後もなんら総理らしき仕事もせず、ひたすら「改革開放」にブレーキをふみつづけケ小平からの批判をうけ、1993年朱鎔基が副総理となって事実上の総理の仕事をひきとるまで職席を汚し続けた。

シナにとってはまことに不運なことではあった。我らは、それを他山の石とすべきであろう。無能無責任男は一日もはやく宰相総理という地位から退かせるべきであろう。.



人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。
画像

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
屈中「福田人事」小考
「派閥の推薦」は受け入れないが「派閥の領袖」で人事をまかなう 幹事長に伊吹氏、政調・谷垣氏、総務・二階氏 自民党三役決定  自民党の福田康夫総裁は24日、党運営の要となる幹事長に伊吹文明文部科学相(69)を充てる人事を決めた。政調 ...続きを見る
博士の独り言
2007/09/24 21:27

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
マルコおいちゃんさん、こんにちは。お知らせがありコメントさせていただく次第です。

ブログは、自分の専門と同時並列して進めて行くことがやはり難しい故、残念ながらどうしてもやめざるを得ません。時間と労力を取られるのはいいのですが、注意力がいくつもの対象に向かうのは、自分の専門にとって致命的です。

ブログ執筆によって政治などのこれまで無知だった分野を学ぼうと思っていたのですが、二兎を追う者は一兎も得ずで、この分野はしばらくは、自分の専門のためにやはり犠牲にせざるを得ません。

これまで、いろいろとご教示いただいたり、また親切にしてくださって、感謝の念が絶えません。また、せっかくリンクなどをしていただいているのに、途中で放棄することに、心より申し訳なく思っております。まことに申し訳ありません。

これからは一読者として、応援させて頂きます。これまでまことにありがとうございました。心より感謝しております。

突然の放棄のお知らせ、どうかお許し下さい。


寛斗
2007/09/24 21:02
寛斗さん、
ご丁寧なご挨拶、恐縮です。まことに残念ですが、ご事情あることゆえ致しかたありません。ご専門のお仕事で成果をあげられること願ってやみません。
またいつでもお越しください、そして意義あるご提言よろしくお願いいたします。
マルコおいちゃん
2007/09/24 21:15
66位ですね〜。

『阿Q列伝の1、李鵬』でもおもいましたけど、
このひと、外見がもうすでに・・・。いや人を外見ではんだんしちゃだめなんでしょうが・・・ふふふ
nhatnhan625
2007/09/24 21:27
この男同胞のシナ人にも不人気な様で
江青とそっくりで胸糞悪いからテレビに出てきたら
チャンネルを変えると言っていたシナ人もいました。
周総理最大の汚点はこいつを養子にしたことですね。
オーストラリア総理との会談での発言もこの男の
程度の低さが現れていて笑えます。
エン
2007/09/24 21:42
武閑老師、
いやあ、人の内面は外面にもろ現われるものだと思います。この阿Qといい、あの最大の阿Q蝦蟇といい。
マルコおいちゃん
2007/09/24 22:06
エンさん、
周恩来も養子にしたときはこの男がこうまで愚劣な大人に育つとは思わなかったでしょう。責任は子供を生めず養子をスポイルしてしまったケ穎超でしょうか?
天安門事件のころ「你这个李鹏」(この李鹏め)という罵り言葉がはやりました。李鹏は「阿呆」の代名詞だったのです。いまはもう引退して余生をおくる結構な身分のようですが、いつかはその歴史的罪を断じることが必要でしょう。
マルコおいちゃん
2007/09/24 22:12
おいちゃんに一つ質問があります。
上の写真は恐らく李鵬っていう人なんでしょうけど、写真を画像修正ソフトで弄っていないのですか?
もし弄っていないのにコレでは、あの盧武鉉大統領を超越しているではありませんか!
ああ、この時代にネットがあったならば、今の盧武鉉大統領以上に凄い「人気者」になっていた事でしょう。
ftkst
2007/09/24 22:16
お師匠、
李鵬を画像でググれば、大体のことがわかるでしょう。

http://images.google.com/images?sourceid=navclient&hl=de&ie=UTF-8&rls=SUNA,SUNA:2006-08,SUNA:de&q=%E6%9D%8E%E9%B9%8F&oe=UTF-8&um=1&sa=N&tab=wi

眉毛が少しだけ誇張されているようにも見えますが、れっきとした中共公認の新聞「文汇报」のロゴ入り写真ですから、まあその現実どおりこんなアホズラだったのです。

当時はシナ人自身が恥じていましたからね、今ならほんとに大人気者になれたのに残念でした。温家宝の逆「への字」笑いもまあまあですが、頭はよさそうなのが困り者です。李鵬は時代を間違えましたね。なんとか復活してくれないものでしょうか?
マルコおいちゃん
2007/09/24 22:31
この李鵬なる人物、もう10年以上前になるでしょうか、うちの地元にやってきたことがあります。その時に握手してもらったということが、父の自慢話に。。。(−−;)こんなやつとは露知らず喜んだ父は・・・(泣)
huhuhu
2007/09/25 00:39
huhuhuさん、
大丈夫ですか、お父様、アホがうつってませんか?今からでも手を消毒されたほうがよいかと存じます。
マルコおいちゃん
2007/09/25 00:44
おいちゃん・・・まさかこれは「東京戒厳令」を示唆しておらられるのでしょうか?
極左政権に牛耳られた官憲が保守系デモに対して発砲なんて事態は願い下げたいところです。
でも、総連デモは手厚く保護され、朝鮮人犯罪者は逮捕しないで、被害者保護に入った日本人が逮捕されるご時世ですから、強ちあり得ない事態ではないかもしれません。

scopedog
2007/09/25 00:51
scopedogさん、
いえいえ、これはただ親子二代の宰相で子のほうが無能であった、とあてこすっているだけです。
マルコおいちゃん
2007/09/25 15:44

コメントする help

ニックネーム
本 文