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zoom RSS 【中共異端思想の系譜】その10、異端の異端

<<   作成日時 : 2009/08/28 20:53   >>

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しかし周恩来には「批林批孔」への反撃へ費やす時間も力もすでに残されていなかった。ゆえに第四回全人代へ提出されるいわゆる「四つの現代化」政策推進と同様にケ小平がその肩代わりをすることになった。

とはいってもケ小平と周恩来はフランス時代の交流はあったにしても、同床異夢ともいうべき思惑の違いはあったであろう。それは実によくケ小平の現実主義を反映するものであった。


前回のべたように周は中共正統主流派であったがコミンテルン解体とともにその後ろ盾を消失し毛沢東へ屈服し雌伏することになった。いわば毛という異端に党を明け渡してしまったのだ。しかし「文革」という毛の失政の大総括の機会をとらえて中共正統への回帰をたくらんだもののその事業はかって毛派であったケ小平に託さざるをえなかったのはまさに皮肉であった。

ではケ小平はいかに位置づけされるべきだろうか?

結論からいってしまえば異端の異端である。



毛派、つまりシナ土着派として国際派(すなわちソ連派)に抵抗した意味での共産主義異端派であり、PRC建国後は劉少奇にしたがい反毛路線を進行させ「走資」(資本主義へ走る)派と毛派から批判された、これが異端の異端という所以である。


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       「文革」により打倒されるも復活したケ小平、1974年


しかしこの傑出した異端派は、反毛すなわち正統への回帰ではなく文字通りの資本主義へとシナを導いた内部から共産主義解体を図る異端であった。毛沢東のケ小平への批判は正しかったのだ。


つまり周恩来亡き後の中共は二度と再び共産主義正統に回帰することなく別のイデオロギー、わたしのいう「シナ・イデオロギー」を採択した名実伴わない共産党へと変容してしまったのだ。



ゆえに中共はその内実からすればむしろ「中国国民党左派」とでも称したほうがよろしかろうと考える。だからこそ台湾にていまだに生息する「在台シナ人」(とそこから利権を得ようとする一部の台湾人)の政党・「中国国民党」とはまさに話が合うのである。

さてこうして異端派論議はケ小平その人にいたった。そのケ小平をマルクス主義正統の立場から批判した王希哲はこの視点からするとすでに異端派とはいえないことはおわかりであろう。シナ問題とはまさに一筋縄でいわくことができないのである。


現代シナにおける毛沢東への憧憬は、いわゆる「改革開放」という資本主義導入(実際は外資と先端テクノロジーの借用に過ぎない)による収入格差により落ちこぼれたものたちの間でケ小平異端への呪詛となり、そして毛沢東信仰が復活しているという。

以下の石平氏のメルマガを参照あれ。

毛沢東狂信の「カルト集団」である「烏有之郷」について


シナにおける政治社会状況とは、このように党(統治者)と民間(被統治者)の間でねじれた関係をもちたがいに影響しあいながら、それは実によく宗教的反乱により破局に向かってゆくのは歴史が教えているところなのである。中共の革命も「共産主義」という信仰をもったカルト集団による宗教反乱とみることができることを、わたしはすでに別稿<シナの宗教性と民衆叛乱>で述べておいた。

いまや中共を反共産主義の立場から批判することの虚しさをここまで読んだこられた方々はすでにお分かりであろう。共産主義の実態がすでに消滅しているからだ。

批判すべきは共産主義ではなく永遠無限の膨張拡大を夢想するシナというモンスターそのもの、それを支える「シナ・イデオロギー」または「シナの中国病」なのである。




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