ピッグ・トレードという名のシナ人奴隷貿易

『東洋の魔笛』ナルトさんとの約束で、「ピッグ・トレード」につきイザ版にエントリーしたものです。
「Sina.com」は「愛国主義」的で反日的なサイトですが、以下のような記事がありました。

【苦力贸易】
http://news.sina.com.cn/vote99/htm/hryms/klym.htm


ここでは「賣豬仔」(ピッグ・トレード)を「苦力贸易」(クーリー・トレード)と粉飾しています。やはりピッグ・トレードという歴史事実を歪曲したいようです。


<本文>

  看待臭名昭彰的苦力贸易兴起的一个方法,就是把它视为华工契约劳工制取代非洲奴隶的强迫荣工制。


不名誉明らかなクーリー・トレードが勃興したことを(如何に)見る(訳注、誤魔化す)かには、ある方法がある。すなわち其れをシナ人労働者の契約労働がアフリカ奴隷の強制労働制に取って代わったものと見なすことである。



(訳注、シナの歴史歪曲とはこういうものといういい見本でしょうか?シナ人はアフリカ人より近代的であるとでも言いたいのでしょうね、なにせ奴隷労働では無く契約労働というわけですから。しかし欧米人にとってはアフリカ人奴隷もシナ人奴隷も同様の商品にすぎなかったことは明白です。ゆえに以下の記述はたっぷりと唾を眉にこすりつけてお読みください。)



十九世纪之际,许多地方都没有足够的廉价华人劳工。契约劳工制始于1845年,到了1874年已近尾声。这期间,无数中国人被运往东南亚、夏威夷、北美、中美洲与非洲,以缓和那些地区的严重劳工短缺。据学者陈翰笙的估计,在十八与二十世纪之间,自中国输出的契约劳工人数,高达600万至700万人。又据另一项估计,1801至1925年间,约有300万名契约劳工。


十九世紀においては、多くの場所で廉価なシナ人労働者が不足していた。「契約労働制」は1845年に始まり、1874年に終わりを迎えた。この間、無数のシナ人が東南アジア、ハワイ、北米、中米およびアフリカに輸送され、それらの地区の労働者不足を緩和した。学者・陳翰笙の見積もりでは、18世紀から20世紀の間にシナから輸出された「契約労働者」は、600万から700万人におよぶ。また他の見積もりでは、1801年から1925年の間、約300万人の「契約労働」があった。



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           米国の鉄道網はシナ人「労働者」により作られた


中国人移居外国,可通过下述3种办法中的一种:

(1)他们可以自己支付船费及杂费;

(2)他们可以由赞助人先行代付船费,赞助人可能是亲属,也可能是当地的华籍经纪人,或者是已经在居留地确立地位的华人移民;先由代理人代付船票,等到移民抵境后寻得工作,才连本带利偿还,这也就是所谓先行代付船票制(credit―ticket system)。它把千千万万的契约劳工带到澳洲、加拿大、东南亚与美国去。

(3)出之以契约移民的形式。也正是这种制度,把千千万万的华人契约劳工送到古巴、秘鲁及英属西印度群岛的种植园服劳役,使他们身心备受摧残,过着暗无天日的生活。


シナ人が外国に移住するには、以下の三種類の方法から一つを通じることができた。

1)自分で船代と雑費を支払う

2)賛助人が船代と雑費を支払う。賛助人は親族でもあろうし、現地のシナ籍のブローカー、あるいはすでに現地に居留するシナ人移民でもあろう。代理人が船代を先払いし移民が入国し仕事をえた得た後に利息をつけて償還する。これがいわゆるクレジット・チケット・システムである。このシステムが多くの「契約労働者」をオーストラリア、カナダ、東南アジアおよびアメリカに赴かせた。

3)契約移民の形式によるもの。まさにこの制度が多くの「契約労働者」をキューバ、ペルー、英領西インド諸島のプランテーションで労役に送り込み、彼らをして心身ともに消耗させ、日の目を見ぬ暗い生活を送らせた。


苦力贸易的集散地先在厦门,然后移往澳门。在那里,西方商人如德记洋行(Messrs Tait&Co)等设立了代理处,在当地华人经纪人(亦称“客头”)的协助下,从事贩卖苦力(亦称“猪仔”)的活动。“客头”利用地下黑势力,威迫利诱,把“猪仔”劫持哄骗上船,迫令离开中国。船上环境异常恶劣,被形容为“海上浮动地狱”。


「苦力贸易」(ピッグ・トレード)の集散地はまずアモイであり後にマカオへ移った。その地に、外国商人、例えばMessrs Tait&Coなどはエージェント・オフィスを設立し、現地のシナ人ブローカー(「客頭」とも称す)の助けをえて、苦力(「猪仔」(ブタっこ)とも称す)の販売活動に従事した。

「客頭」は地下のヤクザ組織を利用し、脅しすかしして「猪仔」をかどわかし騙して船に乗せシナを離れさせた。船上での環境は異常に劣悪で、「海上の浮き地獄」と形容された。



(訳注、これでどうして「契約労働」なのか、早くも馬脚露れる、というところでしょうか?いわゆる「強制連行」そっくりじゃありませんか?この歴史事実がシナ人をして日本軍・日本政府による「強制連行」という幻想のアナロジーを導いたと考えるのがまっとうでしょう。)


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实际上,并非所有“猪仔”贩卖者都是私营的,有些政府人员也参与其事。如英国政府官员与中国当局相勾结,朋比为奸,经营香港、汕头与广州的“猪仔”贩卖活动。契约劳工于契约期满后,有些回到中国;但有些却留下来,改行做小买卖,赚取蝇头小利,维持生活。


実際上は、すべての「猪仔」販売が私営によるものではなく、いくらかの政府役人もそれに参与していた。例えば英国政府役人がシナ当局と結びつき、共謀し、香港、汕頭および広州で「猪仔」の販売活動を経営した。「契約労働者」は契約満期後、ある者は帰国したが現地に留まるものもあり小売などをしわずかな利益をえて生活を維持した。


(訳注、留まるものが大部分であったろうと考えられるます。ただの奴隷労働で帰国できるほどの財をなすとは考えられぬからです。)



  契约劳工虽然已成为历史陈迹,但中国今天仍然是劳工移民的输出地,当然规模比以往小得多。通过政府的渠道,一批批“客工”被送往外国工作。如在1985至1990年间,福建省安溪县的1,042名劳工,便前往美国、新加坡及其他地方工作。其中有超过100人已成为新加坡永久居民,他们的家庭成员其后被接到新加坡团聚。


「契約労働」はすでに歴史的昔話ではあるが、シナは今でも相変わらず労働移民の輸出地である。当然その規模はかってと比較して小さい。政府のチャンネルを通じて多くの「客工」(訳注、独逸語のガスト・アルバイターの略語か?)外国に送られた。1985年から1990年の間のように、福建省安溪県の1042人の労働者がアメリカ、シンガポールその他の地域に赴き仕事に就いた。そのうち100人を超える者がシンガポールの永久居留民となった。彼らの家族もその後シンガポールへ迎えられ家族団欒をえた。


<本文終了>



こうして見ると、19世紀のピッグ・トレードがより「現代的」な装いをこらして今に復活しているのがわかります。

上記のような政府が派遣した労働者で、チェコに送られ、そしてドイツへ「亡命」してきた者を一人知っています。

機会があれば詳述しましょう。

またスネーク・ヘッド(蛇頭)による新たな「ピッグ・トレード」が一時ショウケツを極めたことは、我々の耳目にまだ新鮮であるでしょう。


さらに他の資料を見てみようと、以前「イタリアへのシナ人流入について2」http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/46551/

で使用した資料・『海外華人百科全書』( 潘翎・主編、三聯書店(香港)出版、1998)をまずめくっていたら、な、なんと、先に引用した「sina.com」の文章がそのまま同書に掲載されているのを発見しました。(於同書60頁)

同文署名は<主編>、ということは潘翎氏ということですね。「sina.com」は同書および執筆者については何も言及しておらず、おそらく勝手に引用したものと思われます。

それはさておき、もうすこしこの文の意味するところを検討してみたいと思います。



【歴史的背景】

なぜこの時期に、このようなピッグ・トレードが盛んに行われたかといえば、もちろんアフリカからの黒人奴隷の輸入が制限されたからです。そしてそれこそシナ人の「偉大な」自尊心を大いに傷つける出来事でしょう。なんと「黒人」の代替品にされたわけですから、「中華」のメンツ大きく損なうことこれに如かざるものはありません。


ピッグ・トレードが盛んだったという、1845年から1874年といえば、米国南北戦争(1861年-1865年)がはさまっており、「黒人奴隷解放」前後の米国社会の混乱の余波がシナにも及んでしまったわけです。

またシナに於いては「アヘン戦争」(1840年)以降の混乱のうちに清朝が瓦解する時期にあたります。


【契約労働者】

形の上でどう取り繕うとも、それが「契約」によるものではなく、ある日突然路上なり波止場なりで狩られ、あるいは今の言葉でいえば拉致され、荷物のように舟に積み込まれ、需要のある市場へ供給されたことは、はからずもこの潘氏の文章からもうかがい知れます。


買い手は英米奴隷商人がることを除けば、このような人狩りや拉致がシナの歴史で繰り返されてきたことは、みなさんご承知のとおりです。それは兵隊の需要であったり、人足の需要であったりしたでしょうが、供給源はいつも同じシナ人庶民でした。


とくに清朝の時代は辮髪が強要されみな髪をブタの尻尾のようにたらしていましたから、売買されるものを形容して「ピッグ」とはまさに言い得て妙であったわけです。
(注、辮髪については、「魯迅を見直す15、阿Qとは?」http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/89603/
をご参照ください)


【役人の関与】

公営事業とまではいえないまでも、役人が私腹を肥やすためにこの奴隷貿易に関与していたことを忘れてはなりません。


シナの役人にとり、皇帝の臣民とはすなわち奴隷であり他国に奴隷として売り払おうと何の疚しさも感じなかったであろうことは容易に想像されます。


また奴隷である人民にとっても、国内にいてもどうせ奴隷、国外に売りとばされてもどうせ奴隷、あるいはせめて国外のほうがまだしも奴隷から逃れ出る可能性なきにしもあらず、勇躍して海外に売られていったのかもしれません。

最近の政府のチャンネルを通じての労働者輸出も、基本的構造に変化はないかもしれません。海外出稼ぎが最大の産業であるフィリピンをまねびしようとしているのでしょうか?


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【海外に居残る】

そういうわけで「契約」期間を無事勤めあげ「自由」の身となった奴隷達は、現地にてなんとか生計の道を探り、生き延びたものは「華僑」、「華人」となっていったものと思われます。

現在「華僑」、「華人」の集中する地域は、このピッグ・トレードで輸送搬入された地域とほぼ重なっています。上記、オーストラリア、カナダ、東南アジア、アメリカ、キューバ、ペルー、英領西インド諸島などです。



【新ピッグ・トレード】

いわゆる「蛇頭」による、あらたな「奴隷労働者」の海外への流出はいわゆる「改革開放」政策導入後に顕著になり、一時はショウケツを極め今はやや目立たなくなってはいるものの継続されているものと思われます。現在、海外で労働するシナ人は300万人とされていますが、もっと多いかも知れません。


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本文で渡航の方法とされたものは、この現在の不法移民の送り出しの現実からのアナロジーとして捏造されたものかもしれません。


シナ本国、とくに南部地方の人口圧力が減少しない限り(減少する要素はほとんどありませんが)、人口流出は止まらず、実際に雲南から地続きのビルマへの流出が現在は激しいようです。またシベリアへの流出もかなりの数にのぼっておりロシアとの領土紛争に発展する可能性もあります。


いずれにせよ、この人口流出もまた数あるシナ問題の中でも見落とす事ができない重要案件でしょう。




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この記事へのコメント

神谷晃良
2007年09月30日 20:47
>人口流出は止まらず、実際に雲南から地続きのビルマへの流出が現在は激しいようです。

シナの最大の脅威は、人の多さに思います。数で圧倒して実効支配する。アネモネさんのブログが今、ビルマにおける軍事独裁政権の僧侶デモに対する、無差別発砲鎮圧事件を取り上げています。ビルマに於ける、天安門事件。日本人ジャ-ナリストも凶弾に倒れました。国際社会が制裁を加えて孤立化させれば、何れ、雲南省から流入するシナ人移民に支配される。ビルマオワタと言う気がします。日本のシーレーンは如何に?何の力も持たない一庶民が、インド洋近海諸国マラッカ海峡の安全に危惧を抱きます。
マルコおいちゃん
2007年10月01日 03:43
神谷晃良さん、
シナ学の泰斗・宮崎市定に、シナの問題は量に還元される、という主旨の言がありました。つまり何事もシナの場合は量が過多であるということです。人口過多、腐敗過多、環境汚染過多、毒入り食品過多、等々、すぐに思いつくシナの問題はどれも量の過多に帰着します。

またルサンチマン過多、リヴェンジ志向過多をあげておいてもいいでしょう。そういうシナ人の心性ゆえ古人は中庸をとなえたのでしょうか?
しかし敵が自分より強力な場合は大人しい
く、非力な場合は猛々しくでる心性もありますから、こちらは強力な抑止力を維持すればよいのですが・・・。
ナルト
2007年10月01日 12:13
マルコおいちゃんさん、こんにちは。ご無沙汰しております。こちらのほうでも紹介していただきありがとうございます。
過去と現在の「ピッグ・トレード」は、ひとつには人権問題としての切り口がありますが、もうひとつ、それ以上に重要なのがおっしゃられている「人口圧力」ですね。
人口が多すぎてそれを国土が吸収しきれないと、死ぬか外に出るかしかありません。特に一人当たりの国土への負担係数(←こういう係数があるのかどうかわかりませんが・・・)が上昇している現在のシナにあっては、人民の不満の拡大と政情の不安定化に直結するでしょうから、食糧、水、エネルギーの確保問題とも繋がっている根本的大問題でしょう。(続く)
ナルト
2007年10月01日 12:14
(続き)
外交的には、これを中共が逆用して、国境の外側に移民を増やす→中共の影響力を増大させる→国土に編入する
という政策を100年単位のスパンで実行してきます。
日本は海で隔てられているのでそのあたりの防御は陸の国境を持つ国に比べるととてつもなく簡単なのですが、
それでも沖縄などが徐々に侵食されているのは、日本政府や政治家が愚鈍だからであり、国民の意識を喚起すべきマスコミが工作員化しているからです。
これをなんとかしなければ、日本人は「守りやすい国土」を守れずに国を失った愚かな民族として歴史に名を刻むことになるでしょう。
マルコおいちゃん
2007年10月01日 15:52
ナルトさん、
いらっしゃいまし。
事態はご指摘のような悪い方向へと進捗しているように見受けられます。シナの恫喝は弱さゆえの強がりによるブラフが多いのですが、今回露呈した南西諸島占領云々はリアルな近未来と考え対処すべきです。もし現政権が融和政策を用いるなら最悪の事態に陥るかもしれません。

シナの総人口16億はもうコントロールしがたい水準に達したのではないでしょうか?危険です。

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