「世界の中心」の田舎芝居

さて、いわゆる「華夷秩序」によれば、「中華」が世界の中心で、それをとりまく「東夷西戎南蛮北狄」は、「中華」の文化に畏れ入り朝貢をなし、「中華」の天子から封ぜられる、という形をとります。


シナ的「世界」では、天子が諸侯を各地の王侯に封ずることを「封建」といい、その詔書を「封冊」といいます。その権力分配の制度にちなみ、「中華」周辺の蛮夷が、「中華」の権威をみとめ投降するさい、「封建」の形を後から整えるわけです。



「中華」といえば、すなわち「世界の中心」の意であるのは、そこに宇宙の運行を主催する天から、天下のことを任された「天子」がいるからというわけですが、実際には政治権力を軍事で奪取した者が、「天子」に即位するわけですので、「天子」にはふさわしくないような輩が、その地位を占めることが、ままあるわけです。


というよりは、そのほうがもっぱらである、と言い換えたほうが、より正確でしょうか?



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                    西安の城壁



さらにいえば、「中華」世界の周辺の「夷狄」が、その地位に成り上がることも、ままあるわけで、シナの歴史の約半分は異民族が立てた王朝であり、つまりシナ人が軽蔑する蛮夷・異民族が「天子」になってしまい、シナ人みずからは、その被支配民族、すなわち奴隷となってしまうわけです。



シナ成立以後の非漢族王朝については、以前簡単に計算したことがあるので、以下をご参照ください。

「シナという病の症例と原因」
http://marco-germany.at.webry.info/200709/article_51.html



さて、ではそのシナの成立に「功あった」秦の始皇帝の秦ですが、この秦も「西戎」民族といわれています。さらには、秦が滅ぼした周王朝をたてた民族も、また西のほうから中原に進出した「西戎」だったようです。


すなわち、「漢民族」自体が、元来いわゆる中原に居住していて、周辺民族を初めから従えていたわけではなく、そもそも雑多な民族が交じり合って作り上げた共同幻想が「漢民族」というわけでしょう。


またその言葉からもわかるように、漢王朝以前に「漢民族」が存在するはずもありません。


秦漢王朝時代に、広大な地域が統一され、その名も秦にちなみ「シナ」と他称されるようになり、そこではじめてシナが成立するわけです。それ以前の世界をプロ・シナと名づけましょう。

そして漢王朝が成立し、他者と区別をするため自らを「漢族」と名乗るようになる、そのことは、「シナという表記について」でも述べておきました。
http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/44630/


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                     西漢(前漢)版図


さて、「世界の中心」の田舎芝居とは、大室氏が『桃源の夢想』、第八章・権力の経済学につけられた見出しなのですが、それは「八王の乱」といわれる、三国時代の混乱を統一した魏の宰相で、後に魏を簒奪した司馬氏がたてた晋王朝の内乱についてなのです。

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                       八王の乱立図


この王国が世界の中心を回復したにもかかわらず、その中心に位置していた皇帝を初めとする王家の人々の精神がそろって、世界の中心の宇宙論的かつ政治哲学的な価値を自覚することなく、田舎芝居もどきに、首都とその宮廷に登場して、各自が手にした権力と暴力の小道具を伎倆のありったけを尽くして振りまわし、悲惨にして滑稽な芝居を踊り狂っては退場していった、その可笑しさをわれわれは見逃すまい。



ことは三世紀終わりのシナについてのことなのに、なにか見覚えのあるような気がしませんか?



そうです、あの18年前の六四・天安門虐殺のあと、鄧小平から共産党総書記に任命され、その後、十三年間にわたって党軍政の権力を一手にしながら、その権力をひたすら自己保存のためにだけ使用し、人前で臆面もなく髪を梳ってみせたり、外交上の公式晩餐で「オーソレミオ」を歌ってみせたり、見せかけの「国会」である人民代表大会のひな壇で居眠りしてみせたり、はたまた鼻をほじってみせたりと、そのトリックスターぶりを、やりたいほうだい十分に発揮することをしてくれた、現代シナ最大の阿Qのことを思い出させてくれるではありませんか?


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また、この阿Q総書記は、名声地に落ちた共産党から人民の怒りをそらせるために、「愛国教育」という反日教育をシナ全土で繰り広げたことも、みなさんよくご承知のことと思います。



あの阿Qこそ、「世界の中心」の田舎芝居の最大の大根役者ではありました。(このへぼ役者、「阿Q列伝」シリーズでとりあげようと思っていたですが、ここで起用してしまいました。)



あの阿Q、または阿斗のおかげで、「世界の中心」はおおきく阿Q帝国主義へと傾き、またさまざまなシナの宿痾にかぶさっていた蓋を大胆にも開放し、いっきにシナをして、汚職大国、環境汚染大国、エネルギー浪費大国、農民搾取大国、民族浄化大国、死刑大国、臓器売買大国、軍拡大国、何でもあり大国等々の大国主義への道をひた走り、あるいは転げ落ち、いまや世界最大のトラブルメーカーとなっています。



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『爲了世界更美好』(世界がもっと美しくあるために)という皮肉な(本人は大真面目か?)題名の、江沢民外国訪問ルポルタージュ



しかし、「シナという病」の病状を誰の目にもわかる形でさらけ出さしめた功労は認めてやることにしましょう。



シナが、シナとして安定し他国に災いをもたらさずにいてくれたら、あるいは国内でどうなろうと他国にその災いを輸出せずにいてくれたら、はたまたうばった他民族の土地をその民族へと返還しさえすれば、われわれがどうこう言うことはないのです。



早く、その「世界の中心」の政治的自覚をもつ指導者があらわれ、そのゆがんだ「中心」を建て直してくれることを、(無理かもしれませんが)とりあえず望んでみましょうか?さてその役を小胡がきちんと受け持ってくれるのでしょうか?


しかしもしそんなことにでもなれば、またぞろ「華夷秩序」を作りたいという病気の促すままに世界制覇と動き出してしまうのでしょう。


むしろ大いに乱れてくれたほうが、しかしせめてシナ世界だけで乱れてくれたほうが周辺国家にとっては助かるわけです。


なんとかしてほしいものです、もう田舎芝居はこりごりだと、世界中の観客はあきれ返っているのですから。



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この記事へのコメント

chengguang
2007年10月13日 15:32
『無敵國外患者國恒亡』という言葉を、備えあれば憂いなし、治に居て乱を忘れず、の意味に解釈していましたが、江沢民さんは文字通りの意味で理解し、敵を創り、患を外に求めていたのでしょうか。
マルコおいちゃん
2007年10月14日 08:19
chengguangさん、
文字通りに理解するのがシナ・イデオロギーだと思います。「備えあれば憂いなし、治に居て乱を忘れず、の意味」に解釈するほどの安定した政治社会状況は近現代シナには存在しないからです。
神谷晃良
2007年10月14日 23:18
いつも、内心忸怩たる思いにさせられるのが、天安門事件に拠る、シナに対する国際社会の経済制裁最中に為された今上天皇陛下の訪中です。あれで中共を生き返らせてしまった気がして仕方の無い私です。

胡耀邦、趙紫陽を失脚させて後立った江沢民の中共は、律儀に共産主義体制を維持しているのならまだしも、より堕落したブルジョワ国家になってしまったのでは?結局、江沢民が糞であったという事でしょ?こいつを後任にした、鄧小平が糞であったと言う事でしょ?

あのまま、胡耀邦が続いていたら少しは、マシな中共であったかも知れないと、考えるのはド素人故の妄想かも知れません。しかも、今立っている胡錦濤は、天安門事件当時、ラサ地区で戒厳令を敷いて、何千人もの虐殺した責任者と言うじゃないですか?(詳しく知らない適当です)。どっちにしても人材的に、中共って終っている気がします。と言うか、逆にそれで正常なシナなのか?

慎ましく、共産主義体制に留まっているのならまだしも、政治執行体制は共産党一党独裁で、経済は似非資本主義など虫が良すぎます。汚染拡散と人的膨張の諸悪の根源みたいです。数を減らすべきです。
マルコおいちゃん
2007年10月15日 15:58
神谷晃良さん、
彼らのよって立つイデオロギーを見誤ってはなりません。それは共産主義でも、マルクス主義でもありません。それは「シナ・イデオロギー」なのです。人民は奴隷、為政者は奴隷を搾取する。古代から何の変更もないシステムです。さらに天下はすべて「中華」のもの、隅々まで「中華皇帝」の威信をいき渡らせ支配したい。そう考えればすべてが納得いく事ではないでしょうか?

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    Excerpt: いつもお世話になっている「途転の力学」さんの「福田政権誕生は本当に悪夢なのか」のシリーズエントリーで、福田総理は単なる媚中派なのではなく、超現実主義者ではないかとの指摘があった。 Weblog: 日比野庵 本館 racked: 2007-10-13 20:58