テーマ:富田事件

「富田事件」のアナロジー「連合赤軍」同士殺し 、誤解されつづける周恩来18

昭和47年のいわゆる「連合赤軍」による「武装蜂起」すなわち「あさま山荘事件」は、当時の日本中の耳目を集め現場からの実況放送は他の番組を中止して延々と続けられました。ちょうど大学入学試験の時期にあたっていたわたしも、入試の内容はまるで記憶にありませんが、そのテレビの箱の中で演じられた「革命」騒ぎは今でもはっきり憶えているほどです。 …
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内部大粛清「富田事件」---「文革」の原型、誤解されつづける周恩来17

中共中央が移転する前の中央ソヴィエト区の状況を述べておきましょう。 「八一南昌蜂起」前の1927年5月の五全大会時には党員数6万人、直接掌握していた北伐軍は3万人を数えたものの、反共クーデターへの反撃であった「八一南昌蜂起」後はほとんど消滅したに近かった党と軍を、実権を握り続けた周は、1930年にはふたたび12万あまりの党員、…
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